問題提起
父が亡くなり遺産分割をしたいが、相続人の一人である弟とは何年も連絡が取れず、どこにいるか分からない。遺産分割は相続人全員で行う必要があるため、このままでは、不動産を特定の相続人の単独名義にしたり、預金を全部解約して分けたりするための分割ができない(分割の前でもできる手続は後述)。行方不明の相続人がいるときの進め方を整理する。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
父が亡くなり遺産分割をしたいが、相続人の一人である弟とは何年も連絡が取れず、どこにいるか分からない。遺産分割は相続人全員で行う必要があるため、このままでは、不動産を特定の相続人の単独名義にしたり、預金を全部解約して分けたりするための分割ができない(分割の前でもできる手続は後述)。行方不明の相続人がいるときの進め方を整理する。
従来の住所又は居所を去った者(以下「不在者」という。)がその財産の管理人(以下この節において単に「管理人」という。)を置かなかったときは、家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求により、その財産の管理について必要な処分を命ずることができる。本人の不在中に管理人の権限が消滅したときも、同様とする。民法25条1項(e-Gov法令検索で原文確認)
管理人は、第百三条に規定する権限を超える行為を必要とするときは、家庭裁判所の許可を得て、その行為をすることができる。不在者の生死が明らかでない場合において、その管理人が不在者が定めた権限を超える行為を必要とするときも、同様とする。民法28条(e-Gov法令検索で原文確認)
不在者の生死が七年間明らかでないときは、家庭裁判所は、利害関係人の請求により、失踪の宣告をすることができる。
2 戦地に臨んだ者、沈没した船舶の中に在った者その他死亡の原因となるべき危難に遭遇した者の生死が、それぞれ、戦争が止んだ後、船舶が沈没した後又はその他の危難が去った後一年間明らかでないときも、前項と同様とする。民法30条(e-Gov法令検索で原文確認)
以下は主に、家庭裁判所が選任する不在者財産管理人についての説明である。
①不在者であること。条文の言葉では「従来の住所又は居所を去った者」。住所は分かっているが連絡に応じないだけの人は、通常これに当たらない(その場合は調停などで進める)。
②本人が財産の管理人を置いていないこと、または不在中にその管理人の権限が消滅したこと。本人が管理人を置いていても、生死が分からない場合には、家庭裁判所が管理人を改任できる(民法26条)。
③利害関係人または検察官の請求。他の相続人は、遺産分割をする必要があるので利害関係人として申し立てられる。
④管理人の権限。家庭裁判所が選任した管理人は、財産の保存や、性質を変えない範囲での利用・改良しかできない(民法103条)。遺産分割はこれを超えるため、家庭裁判所の権限外行為の許可が必要になる(民法28条)。
実務の視点不在であることを示す資料として、住民票上の住所に送って「あて所に尋ねあたらず」などで戻ってきた郵便、警察への行方不明者届の受理を示す書面、親族への聞き取りの記録などを残しておく。戻ってきた封筒は捨てずに保管する。
①戸籍の附票や住民票で、住民票上の住所の移り変わりを調べる → ②分かった住所へ手紙を送り、親族にも心当たりを聞く → ③所在が分からなければ、不在者の従来の住所地(または居所地)の家庭裁判所に、不在者財産管理人の選任を申し立てる(家事事件手続法145条)。予納金を求められることがある(額は裁判所や事案で異なる) → ④選任された管理人と、遺産分割協議の案を作る → ⑤管理人が家庭裁判所に権限外行為の許可を申し立て、案の内容が不在者に不当に不利でないかが審査される → ⑥許可が出たら協議を成立させ、相続登記や預金の解約を進める。
管理人は、管理する財産から金銭が生じたとき、不在者のためにその金銭を供託することができ、供託したときは公告をする(家事事件手続法146条の2。2023年4月1日施行の改正で新設)。管理すべき財産がなくなったときなどは、家庭裁判所が管理人の選任などの処分を取り消す(同法147条)。遺産分割が終わっただけで管理が当然に終わるわけではなく、不在者が取得した財産の管理が続くこともある。
このほか、前提の問題に争いがなく、法定相続分どおりに分ける場合には、不在者を相手方とする遺産分割の審判を利用し、不在者には公示送達をする方法がとられることもある。
①分割前でもできる手続。分割で取得者を決める手続は進められなくても、相続人の一人から全員について法定相続分どおりの相続登記を申請すること、自分が相続人である旨を登記官に申し出ること(相続人申告登記。不動産登記法76条の3)、預貯金の一部を一人で払い戻すこと(民法909条の2)などはできる。
②失踪宣告。生死が7年間分からないとき(普通失踪)は、利害関係人の請求で家庭裁判所が失踪の宣告をすることができ、7年の期間が満了した時に死亡したものとみなされる(民法30条1項・31条)。家族と連絡が途絶えた期間ではなく、生死が分からない状態が続いた期間が問題になる。戦争・船の沈没などの危難に遭った人は、危難が去った後1年間生死が分からなければ宣告でき、危難が去った時に死亡したものとみなされる(30条2項・31条)。家庭裁判所は生存の届出を求める公告などをし、その期間(普通失踪は3か月以上、危難失踪は1か月以上)が過ぎるまで宣告できない(家事事件手続法148条3項)。
③失踪宣告で誰が分割に加わるか。死亡したとみなされる時と、今回亡くなった人(例:父)の死亡時の前後で変わる。弟が父より後に死亡したとみなされる場合は、弟がいったん父を相続し、弟の相続人が弟の立場を引き継いで加わる。弟が父より先に(または同時に)死亡したとみなされる場合は、弟は父を相続せず、弟の子などが代わりに相続する(代襲相続)かを確かめる。この場合、弟の配偶者は、弟の配偶者であるというだけでは父の遺産分割に加わらない(父の養子になっているなど、別に相続人となる理由があれば別)。
④本人が生きていたら。本人の生存や、死亡とみなされた時と異なる時に死亡したことが証明されたときは、本人または利害関係人の請求により、家庭裁判所が失踪宣告を取り消す。取消しは、宣告後・取消し前に善意でした行為の効力には影響しない。宣告によって財産を得た人は権利を失い、現に利益を受けている限度で返す義務を負う(民法32条)。誰がどの程度事情を知っていたかによって結論が変わる点は、議論のある点③を参照。
⑤失踪宣告を選ぶか。7年の要件を満たしていても、家族の心情などから宣告を選ばず、不在者財産管理人の選任で進めることもできる。
⑥共有不動産の制度との関係。所在が分からない共有者の不動産の持分を取得する裁判(民法262条の2)もあるが、持分が遺産で相続人の間で分割すべき場合は、相続開始の時から10年を経過していなければ利用できない(同条3項)。この10年は、民法904条の3の10年とは別の制度である。
次の点は、家庭裁判所の判断や事情によって扱いが分かれる。一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
①不在者の取り分をどこまで確保するか。許可の実務では、不在者の法定相続分に見合う利益を確保する内容が原則とされ、不在であることだけを理由に取り分を減らす案は許可されにくい。遺言・特別受益・寄与分など、取り分が変わる法的な根拠と資料がある場合は別の判断になりうる。葬儀費用や管理費用も、当然に遺産から差し引けるわけではない。
②「帰来時弁済型」の分割。不在者に代わって他の相続人が財産を取得し、本人が戻ったときに代償金を支払う方法が使われてきた。許可されるかは、支払う人の資力などの事情で判断される。管理人が金銭を供託できる制度ができたことで、この方法をとる必要性は以前より小さくなったとの見方もある。
③失踪宣告が取り消されたときの取引の効力。民法32条の「善意」は失踪者の生存などを知らなかったことをいうが、売買などの契約では当事者双方が善意でなければ保護されないとする考え方がとられており、事情を知って財産を得た人については、現に残っている利益の返還にとどまらないとされることもある。失踪宣告を前提に遺産を処分する場合は、事前に相談したい。
・相続人の一人と長年連絡が取れず、住所も分からない
・不動産の売却や相続登記を急ぐ必要がある
・行方不明の人に多額の取り分があり、誰がどう取得するか決めたい
・失踪宣告と不在者財産管理人のどちらにするか迷っている
・借金があるかもしれない、相続税の申告が必要かもしれない
・相続人が多い、未成年や判断能力に不安のある相続人もいる
所在調査で行き詰まる前でも、次の期限に関わるときは早めに相談する。行方不明の相続人がいることや、管理人の選任手続中であることだけで、これらの期限が当然に止まるわけではない。
・相続登記:所有権の登記名義人に相続が開始したとき、相続(相続人に対する遺贈を含む)でその所有権を取得した人は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ所有権を取得したことを知った日から3年以内に、所有権の移転の登記を申請しなければならない(不動産登記法76条の2第1項)。2024年4月1日の施行より前に開始した相続にも適用され、その場合は「知った日」と「施行日」のいずれか遅い日から数える(令和3年法律第24号附則5条6項)。期間内に相続人である旨の申出(相続人申告登記)をした人は、自分の申請義務を果たしたものとみなされる(不動産登記法76条の3第2項)。申出の後に遺産分割で所有権を取得したときは、分割の日から3年以内に登記の申請が必要になる(同条4項)。法定相続分どおりの登記の後に、遺産分割でその相続分を超えて取得したときも同様である(76条の2第2項)。正当な理由なく申請を怠ると10万円以下の過料の対象になる(同法164条1項)。登記がされていない不動産は、別の手続を確認する。
・10年の制限:相続開始の時から10年を経過した後にする遺産分割では、原則として特別受益・寄与分の規定が適用されない(民法904条の3)。ただし、①10年を経過する前に相続人が家庭裁判所に遺産分割を請求したとき、②10年の期間の満了前6か月以内に分割を請求できないやむを得ない事由があり、その事由が消滅した時から6か月を経過する前にその相続人が家庭裁判所に請求したときは、この限りでない(同条1号・2号)。この10年は遺産分割そのものができなくなる期限ではなく、相続人全員が合意すれば、特別受益・寄与分を考慮した分け方もできる。2023年4月1日より前に相続が開始した場合は経過措置があり、①は「相続開始の時から10年を経過する時」と「改正法の施行の時から5年を経過する時」のいずれか遅い時までに家庭裁判所に請求すればよく、②の「10年の期間」も、施行の時から始まる5年の期間の方が後に満了するときは、その5年の期間に読み替えられる(令和3年法律第24号附則3条)。話し合いの継続や弁護士への相談だけでは①の「請求」にはならない。所在調査や不在者財産管理人の選任申立てだけでは、この「請求」にはならない。
・相続放棄:原則として、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内。調査が間に合わないときは、期間内に家庭裁判所へ伸長を求めることができる(民法915条1項)。過ぎたと思っても、いつから数えるかが問題になることがあるので相談してほしい。
・相続税:申告が必要な場合は、原則として相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内(相続税法27条1項)。分割が済んでいなくても期限は変わらない。
行方不明の相続人がいても、遺産分割を諦める必要はない。戸籍の附票などで調査を尽くし、なお分からなければ不在者財産管理人を選任して、家庭裁判所の許可を得て協議する。生死不明が7年続いていれば失踪宣告も選択肢になるが、誰が分割に加わるかは死亡とみなされる時期で変わる。相続登記などの期限は待ってくれないので、早めに相談するのが近道である。