問題提起
母が亡くなり、子である自分と弟は借金を理由に相続放棄をした。実家は空き家で、自分が鍵を預かっている。放棄したのだから、もう実家のことは知らないと言ってよいのか。屋根が壊れて隣の家に迷惑をかけたらどうなるのか。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
母が亡くなり、子である自分と弟は借金を理由に相続放棄をした。実家は空き家で、自分が鍵を預かっている。放棄したのだから、もう実家のことは知らないと言ってよいのか。屋根が壊れて隣の家に迷惑をかけたらどうなるのか。
相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。
2 第六百四十五条、第六百四十六条並びに第六百五十条第一項及び第二項の規定は、前項の場合について準用する。民法940条(e-Gov法令検索で原文確認)
前条の場合には、家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求によって、相続財産の清算人を選任しなければならない。
2 前項の規定により相続財産の清算人を選任したときは、家庭裁判所は、遅滞なく、その旨及び相続人があるならば一定の期間内にその権利を主張すべき旨を公告しなければならない。この場合において、その期間は、六箇月を下ることができない。民法952条(e-Gov法令検索で原文確認)
相続人は、その固有財産におけるのと同一の注意をもって、相続財産を管理しなければならない。ただし、相続の承認又は放棄をしたときは、この限りでない。民法918条(e-Gov法令検索で原文確認)
① 改正前。 改正前の940条1項は、放棄した人は「その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで」管理を続けなければならない、と定めていた。全員が放棄して次の相続人がいない場合や、放棄した人が財産に関わっていない場合に、義務がいつまで、どの範囲で続くのかがはっきりしなかった。
② 改正後(2023年4月1日施行)。 令和3年の民法改正で、義務を負うのは放棄の時に相続財産を現に占有している人に限られ、義務の内容は「保存」、終わるのは相続人または相続財産清算人に引き渡した時、と明確になった(民法940条1項)。施行日より前に相続放棄をした場合にどちらの規定で考えるか、改正前にすでに生じていた責任がどうなるかは、経過措置を含めて個別に確かめる必要がある。
③ 放棄の前の管理。 相続の承認も放棄もしていない間は、相続人として、自分の財産と同じ注意で相続財産を管理しなければならない(民法918条)。放棄した後の義務(940条)とは別である。また、相続放棄をするには、原則として自分のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に家庭裁判所へ申述しなければならず(民法915条1項)、管理の方法を考えている間もこの期間は進む。調査や判断が間に合わないときは、期間内に伸長を申し立てる。すでに遺産を処分していると、そもそも放棄ができないことがある。
① 現実に支配している状態。 亡くなった人の家に一緒に住んでいた、放棄の時に家の鍵を持って出入りしていた、自分の荷物を置いている、家財を手元で管理している、といった場合は、現に占有していると評価されうる。
② 関わっていなければ義務はない。 亡くなった人とは別に遠方で暮らし、家や土地に関わっていなかった場合は、現に占有していないので、940条1項の保存義務は負わないと説明されている。亡くなった人の占有を観念的に引き継いだだけの場合は、ここでいう占有に含まれないと解されている。
③ 判断は事情ごと。 住んでいない空き家でも、鍵の保有や家財の保管などの事情によっては占有と評価されることがあり、逆に遠方に住んでいるという事情だけで占有がないと決まるわけでもない。一律には決まらない。
① 自分の財産と同じ注意で「保存」する。 財産を滅失させたり傷めたりしないようにすることが中心で、積極的に価値を高める義務までは求められていないと説明されている。ただし、修繕が必要かどうかは規模だけでは決まらない。倒壊や落下などの危険がある場合は、安全の確保や応急の措置が必要かを早急に確かめ、大きな工事・解体・売却などは自分の判断で進めずに相談する。
② 委任の規定の準用。 保存した財産から受け取ったものの引渡し、保存のために支出した費用の償還などについて、委任の規定が準用される(民法940条2項)。
③ 義務の相手。 この保存の義務は、ほかの相続人や相続財産清算人など、財産を引き継ぐ人に対するものとされ、近所の人などに対する義務を直接定めたものではないと説明されている。ただし、そのことから近所の人などへの損害賠償の責任がないとは言えない(次の項)。
① 建物が原因の事故。 建物や塀などの設置・保存に欠陥があって他人に損害を与えたときは、占有者が責任を負い、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしていたときは所有者が責任を負う(民法717条1項)。この「占有者」に当たるか、必要な注意をしたかは、940条の「現に占有」や保存の義務とは別に判断される。940条の義務がないことだけで、第三者への責任もないとは言えない。
② 空き家の対策。 市町村が空き家の管理について、助言・指導のほか、状態に応じて勧告・命令・代執行などをする制度(空家等対策の推進に関する特別措置法)があり、放棄した人が管理者として連絡を受けることもある。放棄した人がその措置の対象になるか、費用を負担するかは、940条とは別に確かめる必要がある。通知・勧告・命令などの書面が届いたら、書面と対応の期限を確かめ、すぐに相談する。
実務の視点 放棄した後も鍵を預かっている場合は、だれに引き渡すかが決まるまで、施錠・戸締まりの確認、郵便物の整理、危険な箇所の把握など、必要最小限の保存にとどめる。遺品を処分・売却すると、放棄後でも隠匿・消費として単純承認とみなされるおそれがある(民法921条3号)ので注意する。対応した内容は日付と写真で記録しておく。放棄の前に預金の払戻しや財産の売却、遺産からの支払などをしてしまった場合は、放棄の有効性にも関わるので相談する。
① 相続人がいなくなる。 相続人全員が放棄して、相続する人がいなくなった場合も、「相続人のあることが明らかでないとき」に当たり、相続財産は法人となる(民法951条)。
② 清算人の選任の申立て。 家庭裁判所は、利害関係人または検察官の請求で、相続財産清算人を選任する(民法952条1項)。保存の義務を負っている放棄者も、利害関係人として申し立てられると説明されている。申立先は、相続が開始した地(亡くなった人の最後の住所地)を管轄する家庭裁判所である(家事事件手続法203条1号)。
③ 予納金。 清算人の報酬や管理の費用に充てるため、申立人が予納金を納めるよう求められることが多い。額は法律で一律に決まっているものではなく、財産の内容や管理・清算にかかる費用などから家庭裁判所が決める。実務書では数十万円から100万円程度の例が紹介されているが、申し立てる家庭裁判所で確かめる。財産を売った代金などから戻ってくる場合もあるが、財産の状況によっては戻らないこともある。保存のために立て替えた費用も同じで、償還を求めることができても実際に回収できるとは限らない。
④ 引渡しで義務が終わる。 清算人が選任されたら、清算人に財産を引き渡す。引き渡した時に、940条1項の保存の義務は終わる。鍵を一方的に送りつけるだけで当然に義務が終わるわけではないので、引き渡す財産・鍵・書類と日付を相手と確かめ、記録を残す。清算人による手続の流れは「相続人不存在|相続人全員が放棄した後の財産」のスレッドを参照。
1. 相続放棄をする前に、自分が亡くなった人の家・土地をどう管理しているか(住んでいるか、鍵を持っているか)を整理する。
2. 相続放棄の申述をする。
3. 放棄の時に現に占有している財産があれば、保存を続ける(必要最小限の対応と記録)。
4. 放棄していないほかの相続人(同じ順位の相続人や配偶者など)がいるか、同じ順位の全員が放棄して次の順位の人が相続人になったかを確かめ、相続した人に放棄したことを知らせて引き渡す。子が全員放棄しただけでは、相続人がいなくなるとは限らない。
5. 相続人全員が放棄して引渡し先がないときは、保存の義務を終えるために、相続財産清算人の選任を申し立てるか考える(予納金の負担を含めて)。
6. 清算人が選任されたら、財産を引き渡す。
① 「放棄すれば何の責任もない」とは限らない。 現に占有していれば、引き渡すまで保存の義務がある。
② 「放棄しても、管理は永遠に続く」わけでもない。 改正後は、相続人か清算人に引き渡せば義務が終わる。占有していなければ、そもそも940条の義務は負わない。
③ 放棄した相続の土地を国に引き取ってもらうことはできない。 相続した土地を国に引き取ってもらう制度(相続土地国庫帰属制度)は、相続などで土地の所有権を取得した人が申請するもので(相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律2条1項)、相続放棄をしてその土地を取得していない人は、その相続を理由に申請することはできない。また、この制度は建物がある土地などは申請できず(同条3項)、負担金もかかる。なお、相続放棄は土地だけを対象にはできず、預金なども含めてその相続全体について相続人でなかったことになり(民法939条)、原則として撤回もできない(民法919条1項)。土地だけを手放したい場合は、放棄するかどうかを含めて比べて考える。
④ 放棄の後も、相続財産を処分しない。 放棄した後でも、相続財産を隠したり、勝手に自分のために使ったりすると(隠れてした場合に限られない)、単純承認とみなされることがある(民法921条3号)。ただし、その放棄によって相続人になった人が相続を承認した後は、この扱いはされない(同号ただし書)。それでも勝手な処分は、返還や損害賠償の問題になりうる。相続財産の売却・廃棄や代金の使用は、自分の判断で進めない。
・「現に占有」の線引き。 鍵を持っているだけ、時々様子を見に行っていただけ、といった場合に占有に当たるかは、個別の事情で判断が分かれる。
・近所への責任。 放棄した人が、建物の倒壊などで第三者に損害を与えた場合に、占有者として責任を負うかは、占有の評価と事故の状況による。
・清算人を申し立てるか(個別の判断が要る点)。 予納金の負担と、放置した場合の責任・負担とをどう比べるかは、財産の状態や価値によって変わる。
これらは一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
・亡くなった人の家に住んでいた、または鍵や家財を管理している
・空き家が傷んでいて、近所に迷惑をかけるおそれがある
・市町村から空き家について連絡が来た
・相続人全員が放棄し、財産を引き渡す先がない
・相続財産清算人の申立てと予納金について知りたい
・放棄した後に遺品を処分してしまった、または放棄の前に預金を引き出した・遺産から支払をした
・引渡し先の相続人が受け取りを拒む、または連絡が取れない
・相続放棄の3か月が近い
相続放棄の申述をする前に、家や土地の管理をどうするかも含めて相談するのがよい。放棄した後も、空き家の状態が悪い場合や行政から連絡が来た場合は、早めに相談する。
相続放棄をした人は、放棄の時に相続財産を現に占有していれば、相続人か相続財産清算人に引き渡すまで、自分の財産と同じ注意で保存しなければならない。占有していなければこの義務は負わない。全員が放棄して引渡し先がないときは、保存の義務を負う人は清算人の選任の申立てを考え、選ばれた清算人に引き渡して義務を終える。
出典
民法717条1項・915条1項・918条・919条1項・921条3号・939条・940条・951条・952条/家事事件手続法203条1号/相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律2条1項・3項/民法等の一部を改正する法律(令和3年法律第24号)附則4条(いずれも e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-19)