問題提起
母が亡くなり、兄と自分で遺産分割協議書を作って、自宅は兄、預金は自分が受け取った。1年後、母名義の別の銀行の口座と、母が持っていた株式が見つかった。兄は「協議書はもう作ったのだから、見つかった分も兄が取る」と言うが、そういう条項は協議書にない。最初から分け直すべきなのか、見つかった財産だけ分ければよいのか。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
母が亡くなり、兄と自分で遺産分割協議書を作って、自宅は兄、預金は自分が受け取った。1年後、母名義の別の銀行の口座と、母が持っていた株式が見つかった。兄は「協議書はもう作ったのだから、見つかった分も兄が取る」と言うが、そういう条項は協議書にない。最初から分け直すべきなのか、見つかった財産だけ分ければよいのか。
共同相続人は、次条第一項の規定により被相続人が遺言で禁じた場合又は同条第二項の規定により分割をしない旨の契約をした場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。
2 遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができる。ただし、遺産の一部を分割することにより他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合におけるその一部の分割については、この限りでない。民法907条(e-Gov法令検索で原文確認)
意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。民法95条1項・2項。3項・4項は略(e-Gov法令検索で原文確認)
取消権は、追認をすることができる時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。民法126条(e-Gov法令検索で原文確認)
前三条の規定は、相続開始の時から十年を経過した後にする遺産の分割については、適用しない。(以下略)民法904条の3(e-Gov法令検索で原文確認)
① 先の遺産分割は原則として有効。 遺産の一部を分ける協議も有効であり(民法907条1項)、遺産分割の後に別の遺産が見つかっても、先の協議・調停・審判が当然に無効になるわけではない。見つかった遺産は、まだ分けられていない遺産として、改めて分割の対象になると解されている。ただし、見つかった財産が本当に遺産かは確かめる必要がある。たとえば、受取人が指定された死亡保険金は、原則として受取人の固有の財産で、遺産分割の対象ではない。
② 協議書の条項。 遺産分割協議書や調停調書に「本書に記載のない遺産や後日判明した遺産は、相続人○○が取得する」「別途協議する」などの条項があれば、原則としてその条項に従って扱う。
③ 条項がない場合。 見つかった遺産について、相続人全員で改めて話し合う。話合いがまとまらなければ、家庭裁判所に遺産分割の調停または審判を申し立てる(民法907条2項)。先に分けた結果が、見つかった遺産の分け方にどう影響するか(先に多く受け取った人の取り分を減らすか)は、先の遺産分割の内容や相続人の意思によって判断が分かれる。
④ 借金が後から分かった場合。 借入金のような通常の金銭の債務は、遺産分割をしなくても法定相続分に応じて各相続人が分割して引き継ぐので、遺産分割協議の対象とは別に扱われる。相続人の間で誰が払うかを決めても、債権者は原則として法定相続分に応じて各相続人に請求できる(民法902条の2参照)。なお、遺産分割協議をしたことは、通常、相続財産の処分として単純承認に当たる(民法921条1号)ので、分割の後に借金が見つかっても、原則として相続放棄はできない。例外があるかは事情によるので、すぐに相談する(「相続放棄|期限を過ぎた後に借金が分かった場合」のスレッドを参照)。
① 見つかった遺産がとても大きく、それを知っていれば先の内容では合意しなかったといえる場合には、先の遺産分割の意思表示を錯誤を理由に取り消し、全体をやり直すことを求める余地がある(民法95条1項)。
② ただし、取消しが認められるには、錯誤がその合意にとって重要なものであることが必要で、「遺産はこれだけだ」という事情が合意の基礎とされていることが表示されていたことも求められる(民法95条1項・2項)。錯誤が本人の重大な過失による場合は、原則として取り消せないが、相手方が錯誤を知っていたり重大な過失で知らなかったりした場合や、相手方も同じ錯誤に陥っていた場合(相続人全員が遺産の存在を知らなかった場合など)は、取り消すことができる(同条3項)。漏れていた遺産が小さければ、やり直しは難しく、見つかった遺産だけを分けることになるのが通常とされる。取り消す前に、事情を知らずに過失なく権利を得た第三者には、取消しを主張できない(同条4項)。取り消した後に権利を得た第三者との関係は、登記などの対抗の問題として別に考える。
③ 取消権は、追認をすることができる時から5年間行使しないと時効によって消滅し、意思表示をした時から20年を経過したときも同様である(民法126条)。「追認をすることができる時」は、錯誤の状況がなくなり、取消権があることを知った後とされる(民法124条1項)ので、協議の日や財産が見つかった日から機械的に数えるものではない。取消しができる人が追認したときは、もう取り消せない。また、追認をすることができる時以後に、取り消すことができる行為について、全部または一部の履行(たとえば、分割で受け取った財産の引渡しを受けること)などをすると、異議をとどめない限り、追認をしたものとみなされる(法定追認・民法125条)。
④ 2020年4月1日より前にされた遺産分割協議の意思表示の錯誤については、改正前の民法が適用され、錯誤は「無効」の問題として扱われる(民法の一部を改正する法律〔平成29年法律第44号〕附則6条1項)。この場合は、上の5年・20年の期間で判断するのではない。
⑤ 協議と審判の違い。 錯誤による取消しは、話合い(協議)での意思表示についての問題である。家庭裁判所の審判で分けた場合は、当事者の意思表示ではないので、審判をやり直すには不服申立てなど別の手続による。調停で成立した合意の効力を争う場合も、手続を含めて検討が必要である。
⑥ 全員の合意によるやり直し。 錯誤がなくても、相続人全員が合意すれば、先の遺産分割協議を解除して分け直すこともできると解されている。ただし、税金の扱い(贈与などとみなされることがある)や、すでに権利を得た第三者との関係は別に検討する。
1. 見つかった財産の資料をそろえる。 通帳、残高証明書、登記事項証明書、証券会社の取引残高報告書などを集め、相続開始時の残高を確かめる。分割の際の評価や相続税の評価は、目的によって基準となる時点が違うことがある。
2. 先の協議書・調書を確認する。 後日判明した遺産の扱いの条項があるかを確かめる。
3. 相続人全員に知らせる。 見つかった財産の内容を、資料とともに相続人全員に知らせる。
4. 見つかった財産について話し合う。 まとまれば、その財産についての遺産分割協議書を作り、相続人全員が署名・押印する(金融機関や登記の手続では実印と印鑑登録証明書を求められることが多い)。
5. まとまらなければ家庭裁判所へ。 遺産分割の調停または審判を申し立てる。先の協議の取消しを主張する場合は、どの手続で争うかも含めて弁護士に相談する。
6. 相続税を確認する。 相続税の申告をしていた場合、新たな遺産が見つかると修正申告などが必要になることがある。申告が要らないと考えて申告していなかった人も、見つかった財産で申告が必要になることがある。財産が見つかったことで申告期限が延びるわけではないので、税理士に早く確認する。
7. 不動産なら相続登記も。 見つかった遺産が不動産の場合、相続登記の申請義務がある。分割の話合いがまとまっていなくても申請義務の期限は進むので、分割を待たずに対応を確かめる(「相続登記|申請が義務になった後の注意点」のスレッドを参照)。
実務の視点 これから遺産分割協議書を作る場合は、「本協議書に記載のない遺産及び後日判明した遺産は、相続人○○が取得する」または「別途協議する」という条項を入れておくと、後で財産が見つかったときに改めて全員で話し合う手間や争いを減らせる。ただし、「○○が取得する」とした場合、後から大きな財産が見つかっても、その人がすべて取得することになりうるので、条項の意味を全員が理解したうえで入れる。協議の前に、通帳・郵便物・確定申告書・固定資産税の納税通知書などから財産を調べておくことも大切である。
① 相続開始から10年を過ぎた後にする遺産分割では、原則として、特別受益(生前贈与など)や寄与分を法律上の取り分の計算に反映させず、法定相続分(遺言で相続分の指定があればその割合)を基準にする(民法904条の3本文)。後から遺産が見つかって分割するのが10年を過ぎた後になる場合も、原則として同じである。ただし、相続人全員が合意して、生前贈与や貢献を考慮した分け方をすることは妨げられない。また、10年を過ぎても遺産分割そのものはできる。
② 例外として、10年を過ぎる前に相続人が家庭裁判所に遺産分割を請求したときや、10年の期間の満了前6か月以内の間に、遺産分割を請求することができないやむを得ない事由が相続人にあり、その相続人が、その事由がなくなった時から6か月を経過する前に家庭裁判所に遺産分割を請求したときは、特別受益や寄与分を考慮できる(同条ただし書1号・2号)。以前に別の財産について遺産分割を申し立てたことがあるだけで、後から見つかった財産の分割にも当然にこの例外が及ぶとは限らないので、以前の申立ての対象や、取下げ・終了の有無を確かめる。
③ この規定は2023年4月1日に施行され、それより前に始まった相続にも適用される。ただし、経過措置により、①の例外(家庭裁判所への請求)の期限は、「相続開始の時から10年を経過する時」と「施行の時から5年を経過する時」のいずれか遅い時までと読み替えられ、やむを得ない事由の例外の期間も同じように読み替えられる(民法等の一部を改正する法律〔令和3年法律第24号〕附則3条)。その時までに分割を終えなければならないという意味ではなく、その時までに家庭裁判所に遺産分割を請求すれば例外に当たる、という意味である。
① 「協議書を作ったら、後から見つかった財産も全部やり直し」ではない。 原則は見つかった財産だけを分ける。
② 「協議書に書いていない財産は、見つけた人のもの」でもない。 条項がなければ、相続人全員で改めて分ける。
③ 審判で分けた後に見つかった場合。 審判は遺産の範囲を前提にしているので、見つかった財産は新たな分割の対象となるのが通常とされる。
④ 見つかった財産を勝手に使わない。 相続人の一人が見つかった預金を引き出して使うと、後で他の相続人との間で返還や清算をめぐる争いになる。
・錯誤による取消しが認められるか。 漏れていた遺産の大きさ、相続人がその存在を知りえたか、協議の前提として遺産の範囲が示されていたかなどで判断が分かれる。
・先の分割の結果を、見つかった遺産の分け方にどう反映させるか。 先の遺産分割が協議・調停であれば、その時の相続人の意思によって判断され、事案ごとに分かれる。
・「後日判明した遺産は○○が取得する」条項の範囲。 当事者が想定していなかったほど大きな財産にまで及ぶか、争いになることがある。
これらは一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
・遺産分割の後に、大きな預金・不動産・株式などが見つかった
・見つかった財産を他の相続人が独り占めしようとしている
・先の遺産分割をやり直したい(または、やり直しを求められている)
・遺産分割の後に、大きな借金が見つかった
・相続開始から10年が近い、またはすでに過ぎている
・相続税の申告をした後に財産が見つかった
・見つかった財産が遺産に当たるか分からない(保険金、名義預金など)
財産が見つかったら、他の相続人と話し合う前に相談するのがよい。錯誤による取消しには期間の制限があり、相続開始から10年を過ぎると特別受益や寄与分を主張できなくなるのが原則なので、早めに動きたい。借金が見つかった場合は、相続放棄の期間との関係をすぐに確かめる。
遺産分割の後に見つかった遺産は、原則として、それだけを改めて分ける。協議書に後日判明した遺産の条項があればそれに従う。見つかった遺産がとても大きい場合は、錯誤による取消しを考える余地があるが、要件と期間の制限がある。相続開始から10年を過ぎると特別受益や寄与分を考慮しないのが原則である。
具体的な事案は、法律事務所、弁護士会の法律相談センターや法テラス等にご相談ください。
出典
民法95条・124条・125条・126条・904条の3・907条・909条/民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則6条1項/民法等の一部を改正する法律(令和3年法律第24号)附則3条(いずれも e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-21)