問題提起
父が亡くなった。遺言はなく、亡くなった時の財産は少ない。ところが、父は5年前に長男へ自宅の土地を贈与し、2年前には知人の会社に多額の寄付をしていたことが分かった。次男の自分の遺留分を計算するとき、これらの贈与は入るのか。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
父が亡くなった。遺言はなく、亡くなった時の財産は少ない。ところが、父は5年前に長男へ自宅の土地を贈与し、2年前には知人の会社に多額の寄付をしていたことが分かった。次男の自分の遺留分を計算するとき、これらの贈与は入るのか。
遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする。民法1043条1項(e-Gov法令検索で原文確認)
贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様とする。
2 第九百四条の規定は、前項に規定する贈与の価額について準用する。
3 相続人に対する贈与についての第一項の規定の適用については、同項中「一年」とあるのは「十年」と、「価額」とあるのは「価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」とする。民法1044条(e-Gov法令検索で原文確認)
負担付贈与がされた場合における第千四十三条第一項に規定する贈与した財産の価額は、その目的の価額から負担の価額を控除した額とする。
2 不相当な対価をもってした有償行為は、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってしたものに限り、当該対価を負担の価額とする負担付贈与とみなす。民法1045条(e-Gov法令検索で原文確認)
贈与の相手|加える贈与|期間
相続人以外(第三者)|原則としてすべての贈与|相続開始前1年間(民法1044条1項前段)
相続人|婚姻・養子縁組のため、または生計の資本としての贈与|相続開始前10年間(同条3項)
どちらでも|当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってした贈与|期間の制限なし(同条1項後段。相続人への贈与は3項の読替えの範囲で)
① 相続人以外への贈与。 知人・法人・孫(相続人でない場合)などへの贈与は、相続開始前1年間のものだけを加える。1年の判断は、通常の生前贈与では贈与契約がされた時を基準にすると説明されている。「亡くなったらあげる」という死因贈与は、遺贈の規定が準用され(民法554条)、別に検討が要るので、契約の日が古いだけで対象外と判断しない。贈与の相手が「相続人」に当たるかは、続柄だけでなく、相続開始時に相続人であるか(相続放棄をしていないかなど)で確かめる。
② 相続人への贈与。 相続人への贈与は、相続開始前10年間のもので、しかも「婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として」の贈与に限られる。住宅の取得資金、自宅の土地の贈与、事業の資金、結婚の持参金などが典型として挙げられる。日常の生活費の援助や少額の小遣いは、通常は含まれないと考えられている。
③ 損害を加えることを知ってした贈与。 贈与した人ともらった人の双方が、遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与した場合は、期間より前の贈与も加える。贈与の時に財産の大部分を渡し、その後に財産が増える見込みもなかったような場合に問題になる。双方の認識が必要で、それを主張する側が示すことになる。
④ 評価の時点。 加える贈与は、原則として相続開始の時の価額で評価する。もらった人の行為で贈与された物がなくなったり価値が増減したりした場合は、相続開始の時になお元の状態であるとみなして評価する(民法1044条2項による904条の準用)。金銭の贈与も、相続開始の時の貨幣価値に換算することが問題になる。
① 負担付き贈与。 「土地を贈与する代わりにローンを引き受ける」など、もらった人に負担がある贈与は、贈与した財産の価額から負担の価額を引いた額を加える(民法1045条1項)。ただし、当事者の間の約束だけで金融機関に対する債務者が当然に変わるわけではないので、負担の内容と、相続開始時に残っている債務を確かめる。
② 不相当に安い売買など。 不相当な対価での売買などは、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってした場合に限り、対価を負担とする負担付き贈与とみなされる(民法1045条2項)。たとえば、時価よりはるかに安く不動産を売った場合、時価と代金の差額が贈与のように扱われうる。
① 死亡保険金。 受取人に指定された人が自分の権利として受け取る死亡保険金は、相続財産ではなく、遺贈や贈与にも当たらないとされ、原則として遺留分の計算に加えない。最高裁も、自分を被保険者とする生命保険の死亡保険金の受取人を変更する行為は、遺留分減殺の対象となる遺贈・贈与に当たらず、これに準ずるものともいえないとしている(最高裁平成14年11月5日判決・民集56巻8号2069頁。改正前の民法1031条についての判断)。
② 特段の事情がある場合。 遺産分割の場面では、保険金の額が遺産に比べて非常に大きいなど、相続人の間の不公平が著しい特段の事情があるときに、例外的に特別受益に準じて扱うとした判例がある(最高裁平成16年10月29日決定・民集58巻7号1979頁。「生命保険金|受取人固有の財産と言われる意味」のスレッドを参照)。ただし、これは遺留分について同じ結論を示したものではなく、遺留分の計算にどこまで及ぶかは議論がある。
③ 死亡退職金。 規程で受取人が定められている死亡退職金は、受取人の固有の権利とされることが多いが、規程の内容による。
この区分(相続人への贈与は10年など)は、2019年7月1日以後に開始した相続に適用される。基準は贈与の日ではなく相続開始の日で、同日より前の贈与でも、同日以後に開始した相続なら10年の範囲に入りうる。それより前に開始した相続には、改正前の規定が適用され(平成30年法律第72号附則2条)、相続人への特別受益に当たる贈与は、期間の制限なく加えると解されていた。
実務の視点 生前贈与を調べるには、亡くなった人の通帳の取引履歴(金融機関に相続人として請求できる)、不動産の登記事項証明書(贈与による移転の記録)、贈与税の申告の有無などが手がかりになる。10年前までさかのぼると、金融機関の記録の保存期間を過ぎていることもあるので、早めに請求する。贈与の時期・相手・目的を一覧にし、どの区分に当たるかを整理してから計算する。
1. 亡くなった時の財産を調べ、評価する。
2. 生前贈与を調べ、区分(相続人以外か相続人か、期間内か、目的は何か)ごとに加えるかを判断する。
3. 加える贈与は、原則として相続開始時の価額で評価する(もらった人の行為でなくなったり価値が増減したりした場合は、元の状態のままあるものとみなす。民法1044条2項・904条)。
4. 債務の全額を引いて、遺留分を算定するための財産の価額を出す(民法1043条1項)。
5. 遺留分の割合(民法1042条)を掛けて自分の遺留分を出し、そこから自分が受けた遺贈・特別受益の価額と、遺産分割で取得すべき遺産の価額を引き、自分が引き継ぐ相続債務の額を加えて、遺留分侵害額を計算する(民法1046条2項)。自分が受けた特別受益を引く場面には、算入の10年の制限がそのまま当てはまるわけではない。
6. 期限内に遺留分侵害額の請求をする(手続は「遺留分侵害額請求|通知から調停・訴訟まで」のスレッドを参照)。
① 「10年前より前の贈与は絶対に入らない」とは限らない。 損害を加えることを知ってした贈与は、期間の制限なく加えうる。
② 「相続人への贈与は10年分全部入る」でもない。 婚姻・養子縁組のため、または生計の資本としての贈与に限られる。
③ 遺産分割の特別受益とは期間の扱いが違う。 遺産分割での特別受益(民法903条)には贈与の時期による制限がないが(ただし、相続開始から10年を過ぎた後の遺産分割では原則として主張できない=民法904条の3。家庭裁判所への請求による例外や、2023年4月1日より前に開始した相続の経過措置があり、相続人全員の合意で考慮することは妨げられない)、遺留分の計算では相続人への贈与は原則として相続開始前10年に限られる。同じ贈与でも、場面によって扱いが違う。
④ 請求の相手の順序。 遺留分侵害額は、まず遺贈を受けた人(「相続させる」遺言で財産を受け取った相続人なども含む)が負担し、贈与は新しいものから順に負担する。同時の贈与や複数の遺贈は原則として価額の割合に応じて負担し(複数の遺贈について遺言で別の定めがあればそれに従う=1047条1項2号ただし書)、各人の負担には限度がある(民法1046条1項・1047条1項)。
⑤ 遺産分割で持ち戻さなくてよいとされた贈与も入りうる。 亡くなった人が「この贈与は遺産分割で持ち戻さなくてよい」という意思を示していても(婚姻20年以上の夫婦間の自宅の贈与で、その意思が推定される場合〔民法903条4項〕を含む)、遺留分の計算から当然に外れるわけではない。
⑥ 事業承継の特例。 会社の株式などについて、経営承継円滑化法による遺留分の特例(所定の合意・確認・許可を経て、計算から外したり評価額を固定したりする)が使われている場合は、別に確かめる。
・「生計の資本」に当たるか。 学費・住宅資金・事業資金・生活費の援助などがどこまで含まれるかは、額や目的、ほかの子との比較などで判断が分かれる。
・「損害を加えることを知って」の認識。 贈与の時の財産の状況、将来の財産の増減の見込みなどから、双方の認識をどう認めるかは事案ごとの判断になる。
・生命保険金の扱い。 遺産に比べて非常に大きな死亡保険金がある場合に、遺留分の計算で考慮できるかには議論がある。
・評価の方法。 贈与された不動産や株式を相続開始時の価額でどう評価するかで、結論が大きく変わる。
これらは一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
・亡くなった人が生前に多額の贈与をしていたことが分かった
・贈与が10年以上前、または相続人以外への贈与で1年以上前
・多額の死亡保険金を一人の相続人が受け取っている
・贈与の資料(通帳の履歴など)を集めたい
・遺留分を請求された側で、贈与の算入を争いたい
・請求する自分にも、10年より前を含め、生前贈与を受けたことがある
・遺留分の通知はしたが、支払われないまま時間がたっている
・遺留分の請求の1年が近い
多額の生前贈与があると分かったら、早めに相談するのがよい。遺留分侵害額の請求には1年の期限があり、金融機関の記録の取寄せにも時間がかかる。
遺留分の計算には、相続人以外への贈与は相続開始前1年、相続人への婚姻・養子縁組・生計の資本としての贈与は10年の分を加え、損害を加えることを知ってした贈与は期間を問わず加える。死亡保険金は原則として加えない。区分と評価で結論が変わるので、早めに整理したい。
出典
民法554条・903条・904条・904条の3・1042条〜1048条/民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成30年法律第72号)附則2条(いずれも e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-19)/最高裁平成14年11月5日判決(民集56巻8号2069頁)/最高裁平成16年10月29日決定(民集58巻7号1979頁)