問題提起
協議離婚で、養育費は「毎月◯万円」と口約束した。あるいは、自分たちで合意書を作って署名した。相手が払わなくなったとき、その合意書だけで差し押さえができるのか。養育費は何年も続く支払で、途中で止まることも少なくない。取り決めた内容を、後で使える形で残しておくことが大切になる。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
協議離婚で、養育費は「毎月◯万円」と口約束した。あるいは、自分たちで合意書を作って署名した。相手が払わなくなったとき、その合意書だけで差し押さえができるのか。養育費は何年も続く支払で、途中で止まることも少なくない。取り決めた内容を、後で使える形で残しておくことが大切になる。
父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者又は子の監護の分掌、父又は母と子との交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。民法766条1項(e-Gov法令検索で原文確認)
金銭の一定の額の支払……を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載され、又は記録されているもの(以下「執行証書」という。)民事執行法22条5号。……は省略(e-Gov法令検索で原文確認)
子の監護の費用の先取特権は、次に掲げる義務に係る確定期限の定めのある定期金債権の各期における定期金のうち子の監護に要する費用として相当な額(子の監護に要する標準的な費用その他の事情を勘案して当該定期金により扶養を受けるべき子の数に応じて法務省令で定めるところにより算定した額)について存在する。民法308条の2柱書。各号は夫婦間の扶助、婚姻費用の分担、子の監護に関する義務、扶養の義務(e-Gov法令検索で原文確認)
法務省令(令和7年法務省令第56号)1条は、この額を「一月当たり八万円に……子の数を乗じて得た額」と定めている。
書面の形|作り方|不払いのとき
私的な合意書|当事者が作って署名する|支払期限の決まった養育費について、先取特権があることを証明する文書として認められれば、2026年4月1日以後に生じた各月の分のうち、子1人あたり月8万円までを差し押さえる申立ての資料になりうる。それを超える部分などは、調停・審判などで債務名義を得る必要がある
公正証書(強制執行に服する旨の文言付き)|公証役場で公証人が作る|執行証書として、裁判を経ずに強制執行を申し立てられる。文言がない公正証書は執行証書にはならないが、先取特権の証明の文書としては使える場合がある
調停調書|家庭裁判所の調停で合意する|確定した審判と同じ効力があり、強制執行を申し立てられる(家事事件手続法268条1項)
審判|家庭裁判所が決める|支払を命じる審判は、執行力のある債務名義と同じ効力がある(同法75条)。ただし、即時抗告ができる審判は確定してから効力が生じる(同法74条2項)
どの書面でも、「別途協議する」とした費用のように金額や支払時期がはっきりしない条項は、それだけでは強制執行できないことがある。また、相手に差し押さえられる財産がなければ、回収はできない。
1. 子の氏名と生年月日、支払う人と受け取る人
2. 金額(子1人あたりいくらか)
3. 支払の始まりと終わり(例:「〇年〇月から、子が〇歳に達する日の属する月まで」。「成人まで」とだけ書くと、成年が18歳であること〔民法4条〕から解釈が分かれうるので、年齢や年月で具体的に書く。「大学卒業まで」とする場合も、留年・中退などの扱いや最長の時期を決めておく)
4. 支払日と支払方法(毎月何日までに、どの口座へ振り込むか、振込手数料の負担)
5. 進学・病気などの特別な費用の扱い(負担の割合や上限など、できるだけ具体的に)
6. 事情が変わったときに改めて協議すること
7. 公正証書にする場合は、強制執行に服する旨の文言
実務の視点 合意書を作るときは、金額だけでなく、始まりと終わり、支払日、振込先を具体的に書く。あいまいな書き方だと、差押えの手続で使えないことがある。公正証書にする場合は、事前に公証役場へ連絡し、必要な書類(本人確認書類、戸籍謄本など)と手数料を確かめる。作った書面は大切に保管し、支払の記録(通帳の写しなど)も残しておく。なお、成年年齢が18歳に引き下げられる前に作った「成年に達するまで」という合意が、当然に18歳で終わるわけではない。古い合意書がある場合は弁護士に確かめる。
1. 金額などを話し合う(家庭裁判所が公表している養育費の算定表が目安になる)。
2. 合意できたら、書面の形を決める。全額について強制執行に備えるなら、公正証書にするか、家庭裁判所の調停で合意して調停調書にする。
3. 離婚後の養育費について話し合いがまとまらないときは、家庭裁判所に養育費の調停を申し立てる。調停が不成立で終わると、原則として審判に移る(家事事件手続法272条4項)。離婚の前なら、離婚調停の中で養育費を話し合うこともできる(離婚そのものは、調停が不成立なら審判には移らず、原則として離婚の訴えを検討する)。
4. 不払いがあったら、書面の形に応じて、差押え(給料・預金など)の申立てを検討する。
① 将来分も含めて給料の差押えを始められる。 養育費の一部に不払いがあれば、一度の手続で、まだ支払日が来ていない将来の分についても、給料など継続して支払われるものの差押えを始められる(民事執行法151条の2)。将来の分を一括で受け取れるわけではなく、各月の支払日が来た後に支払われる給料から順に取り立てる。この仕組みは給料などが対象で、預金には使えない。
② 給料の差押えの範囲が広い。 給料の差押えは、原則として手取りの4分の1までだが、養育費などの場合は2分の1までとなる(同法152条3項)。給料が高額な場合などは、これを超えて差し押さえられることもある(民事執行法施行令2条)。
③ 相手の財産を調べる手続。 債務名義や先取特権の証明の文書があり、知っている財産では十分に支払を受けられないなどの要件を満たせば、相手に財産を明らかにさせる財産開示手続や、金融機関から預金の情報、市区町村・年金機構などから勤務先の情報を得る手続を使える場合がある(同法197条・206条・207条など)。
④ 間接強制。 支払期限の決まった定期金の養育費について債務名義がある場合には、支払わない相手に一定の金銭の支払を命じて心理的に支払を促す方法もある(同法167条の15。支払能力がない場合などは除く)。一括払いの養育費は対象ではなく、私的な合意書だけで当然に使えるわけではない。
① 口約束でも合意は成立するが、証明が難しい。 金額・期間を書面にしておかないと、後で「そんな約束はしていない」と争われたときに困る。
② 先取特権で全額が差し押さえられるわけではない。 先取特権が認められるのは、支払期限の決まった定期金(毎月払いなど)について、各月の分のうち、実際の額を限度に子1人あたり月8万円までの範囲である。一括払いの約束や、金額・期限が決まっていない特別な費用には、当然には及ばない。2026年4月1日より前に生じた分にも及ばないが、それより前に結んだ取り決めでも、施行日以後に生じる各月の分には及ぶ(令和6年法律第33号附則3条1項)。
③ 未払分には時効がある。 各月の養育費は、原則として、権利を行使できることを知った時から5年、または行使できる時から10年のいずれか早い時に消滅時効が完成する(民法166条1項)。ただし、時効は相手が援用しなければ裁判所はこれによって裁判できず(民法145条)、完成の猶予や更新もあるので、期間が過ぎたと思っても自分で諦めずに相談する。2020年4月1日より前の合意などに基づく分は、改正前の民法が適用される場合もある。調停や審判などで確定した時に支払日が来ていた分は10年となる(民法169条)が、確定の時にまだ支払日が来ていない分は同じ扱いではない。公正証書を作っただけで一律10年になるわけでもない。古い未払分がある場合は早めに相談する。
④ 合意書があっても、事情が変われば金額は変わりうる。 収入の大きな変化や再婚などがあれば、協議や家庭裁判所の手続で金額を変えられることがある(民法766条3項)。
⑤ 取り決めがなくても、養育費を求めることはできる。 養育費を決めずに離婚していても、協議や家庭裁判所の手続で養育費を定めることができる。離婚が2026年4月1日より前でも同じである(過去の分をどこまで求められるかは別に検討が要る)。これとは別に、2026年4月1日以後の離婚では、取り決めまでの暫定的な法定養育費の制度もある(民法766条の3。別の記事で扱う)。
議論のある点 私的な合意書などで先取特権に基づく差押えを申し立てる場合に、どのような書面であれば先取特権があることを証明する文書と認められるか(金額・支払期限・対象の子・合意の成立がどこまで明らかか、作成時期の証明など)は、個々の書面の記載によって判断される。合意書で差押えができると考えて公正証書や調停を省くかどうかは、一般論で決めず、弁護士に相談してほしい。
・養育費の金額で折り合わない
・相手が公正証書の作成や調停に応じない
・すでに合意書があるが、差押えに使えるか分からない
・養育費が払われなくなった、古い未払分がある
・相手の勤務先や預金口座が分からない
・再婚や収入の変化で、金額を変えたい(変えたいと言われた)
・「成年に達するまで」などの古い合意書の終わりの時期が分からない
・相手から暴力や脅しを受けていて、直接話し合えない
養育費は、できれば離婚届を出す前に金額と書面の形を決めておくのがよい。離婚後に相手と連絡が取りにくくなると、公正証書の作成に協力してもらえないことがある。ただし、暴力や脅しがある場合は、安全の確保を優先し、直接交渉せずに弁護士や支援機関に相談する。離婚後でも養育費を求める手続はある。不払いが始まったら、未払いが積み重なる前に早めに相談する。
養育費の取り決めは、私的な合意書・公正証書・調停調書・審判のどれで残すかで、不払いのときにできることが変わる。2026年4月からは私的な合意書などでも一定額の差押えを申し立てられる場合があるが、全額について強制執行に備えるには、金額や期限を具体的に定めた公正証書(執行証書)か調停調書・確定した審判にしておくのが基本である。未払分には時効があるので放置しない。
出典
民法4条・145条・166条1項・169条・306条3号・308条の2・766条・766条の3/民法第三百八条の二の規定による子の監護費用の先取特権に係る額の算定等に関する省令(令和7年法務省令第56号)1条/令和6年法律第33号附則3条1項/民事執行法22条5号・7号・151条の2・152条3項・167条の15・197条・206条・207条、民事執行法施行令2条/家事事件手続法74条2項・75条・268条1項・272条4項(いずれも e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-18)