問題提起
父が亡くなり、相続人は母と子2人。母は認知症で施設に入っている。兄は「母の分も自分が代わりに書けばよい」と言うが、それで大丈夫なのか。成年後見人を付けるとしたら、どんな手続で、何が変わるのか。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
父が亡くなり、相続人は母と子2人。母は認知症で施設に入っている。兄は「母の分も自分が代わりに書けばよい」と言うが、それで大丈夫なのか。成年後見人を付けるとしたら、どんな手続で、何が変わるのか。
法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。民法3条の2(e-Gov法令検索で原文確認)
精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる。民法7条(e-Gov法令検索で原文確認)
後見人は、被後見人の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為について被後見人を代表する。(以下略)民法859条1項(e-Gov法令検索で原文確認)
第八百二十六条の規定は、後見人について準用する。ただし、後見監督人がある場合は、この限りでない。民法860条(e-Gov法令検索で原文確認)
親権を行う父又は母とその子との利益が相反する行為については、親権を行う者は、その子のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない。(以下略)民法826条1項(e-Gov法令検索で原文確認)
被保佐人が次に掲げる行為をするには、その保佐人の同意を得なければならない。(中略)
六 相続の承認若しくは放棄又は遺産の分割をすること。民法13条1項・一部省略(e-Gov法令検索で原文確認)
① 外して協議はできない。 遺産分割協議は相続人全員でしなければならない。判断能力が十分でないからといって、その人を除いて協議しても有効にならない。
② 意思能力がない人がした協議は無効。 協議書に本人が署名していても、その時に協議の内容と結果を理解する能力(意思能力)がなければ、協議は無効になる(民法3条の2)。後から「本人はあのとき理解していなかった」と争われると、遺産分割をやり直すことになり、登記や預金の手続も問題になる。
③ 家族は当然には代理できない。 家族であっても、代理権がなければ本人に代わって協議することはできない。代理権のない人が本人の代理人としてした行為は、本人が追認しない限り本人に効力を生じない(民法113条1項)。本人に必要な判断能力がないのに、家族が本人の名前で署名・押印して協議を成立させると、協議の効力が否定されるだけでなく、文書の偽造などの問題も起こりうる。本人が自分で内容を理解して決め、その意思に基づいて家族が字を書くのを手伝う場合とは区別される。
④ すでに後見などを受けている場合。 成年被後見人がした法律行為は、日用品の購入など日常生活に関する行為を除き、取り消すことができる(民法9条)。そのため、後見を受けている人の遺産分割は、本人に一時的に理解力があっても、成年後見人が代理するのが原則である。被保佐人の遺産分割には保佐人の同意が要り(民法13条1項6号)、被補助人は、同意を要する行為として家庭裁判所が定めた範囲かを確かめる(民法17条)。保佐・補助で本人が自分で協議する場合も、その協議の内容を理解する意思能力は必要で、同意があれば意思能力がなくてよいわけではない。
⑤ 判断能力の確かめ方。 認知症の診断があっても、症状の程度はさまざまで、診断名だけで協議ができないと決まるわけではない。協議の内容を理解できるかを、主治医の意見なども参考に確かめる。ただし、内容が複雑な遺産分割では高い能力が求められると考えられており、迷う場合は後見などの手続をとるほうが安全である。
区分|本人の状態(条文の言い方)|遺産分割での関わり方
後見|事理を弁識する能力を欠く常況(民法7条)|成年後見人が本人を代理して協議する(民法859条1項)
保佐|事理を弁識する能力が著しく不十分(民法11条)|本人が協議し、保佐人の同意が要る(民法13条1項6号)。保佐人に遺産分割の代理権を付ける審判もできる(民法876条の4)
補助|事理を弁識する能力が不十分(民法15条)|遺産分割について同意権や代理権を付ける審判をした範囲で、補助人が関わる(民法17条・876条の9)
どの区分になるかは、医師の診断書や鑑定などをもとに家庭裁判所が判断する。申し立てる人は、本人・配偶者・四親等内の親族などである(民法7条ほか)。本人以外が補助開始を申し立てる場合や、保佐人・補助人に代理権を付ける場合には、本人の同意が必要である(民法15条2項・876条の4第2項・876条の9第2項)。補助人に同意権を付ける場合も同じで(民法17条2項)、補助開始の審判は同意権か代理権を付ける審判と一緒にしなければならない(民法15条3項)。家族の希望だけで権限を付けられるわけではない。
① 後見人は本人を代理できない。 後見人が自分も相続人である遺産分割で本人を代理すると(後見人がほかの相続人も代理している場合なども同じ)、自分の取り分を増やせば本人の取り分が減る関係になる。このような利益が相反する行為については、後見人は特別代理人の選任を家庭裁判所に請求しなければならない(民法860条本文・826条)。本人を不利にするつもりがなく、法定相続分どおりの案であっても、この手続は省けない。
② 後見監督人がいれば監督人が代理する。 後見監督人が選ばれているときは、特別代理人ではなく、後見監督人が本人を代理する(民法860条ただし書・851条4号)。
③ 保佐・補助の場合。 保佐人・補助人と本人の利益が相反するときは、臨時保佐人・臨時補助人の選任を請求する(保佐監督人・補助監督人がいれば、監督人が本人を代表し、または同意する。民法876条の2第3項・876条の7第3項・876条の3第2項・876条の8第2項)。
④ 任意後見の場合。 本人が元気なうちに任意後見契約を結び、任意後見監督人が選ばれて任意後見が始まっているときは、任意後見人が契約で与えられた代理権の範囲で手続をする。任意後見人と本人の利益が相反する行為は、任意後見監督人が本人を代表する(任意後見契約に関する法律7条1項4号)。
① 本人の利益を守るのが仕事。 後見人・特別代理人などは、本人の利益を守る立場で協議に加わる。成年後見人は、本人の意思を尊重し、心身の状態や生活の状況に配慮しなければならない(民法858条)ので、可能な範囲で本人に説明し、希望を確かめる。そのうえで、本人の取り分を法定相続分より少なくする内容には、原則として応じられないと説明されている。ただし、法定相続分は法律上の一律の最低保障額ではなく、特別受益・寄与分などを考えた本人の取り分(具体的相続分)や財産の評価も検討される。ほかの相続人が亡くなった人を介護してきた事情や、本人の将来の世話を約束したことだけで、本人の取り分を減らせるわけではない。家庭裁判所も、特別代理人の選任や後見の監督の中で、本人の取り分が確保されているかを確認する運用だと説明されている。
② 「母は何も相続しない」は難しくなる。 後見などの手続をとると、「母の分は長男がまとめて相続し、母の面倒は長男がみる」といった家族の内輪の取り決めは、本人に不利なものとして認められにくい。本人が不動産を取得しない場合は、代わりに預金などで本人の取り分を確保する形が考えられる。
③ 許可・同意が必要な場合。 成年後見人が遺産分割協議をすること自体に家庭裁判所の許可は一般には求められていない。ただし、本人の居住の用に供する建物やその敷地を処分することになる場合(本人の居住用不動産の持分をほかの相続人に取得させるなど)は、家庭裁判所の許可が必要になる(民法859条の3)。施設に入る前の自宅など、今は住んでいない家も対象になりうるので、「施設に入っているから許可は要らない」と決めつけない。また、後見監督人がいる場合は、成年後見人が本人に代わって遺産分割をするのに、後見監督人の同意が要る(民法864条・13条1項6号)。同意を得ずにした行為は取り消すことができる(民法865条1項)。実務では、協議の前に内容を家庭裁判所に報告・相談する運用もとられていると説明されている。
1. 本人の状態を確かめる(主治医に相談し、家庭裁判所の書式の診断書を書いてもらう)。
2. 本人の住所地を管轄する家庭裁判所に、後見(保佐・補助)開始の審判を申し立てる。候補者を書くことはできるが、だれを後見人にするかは家庭裁判所が決める(民法843条1項・4項)。申し立てた後は、希望した候補者が選ばれないなどの理由で自由に取り下げることはできず、後見開始の申立ての取下げには家庭裁判所の許可が要る(家事事件手続法121条1号)。
3. 後見人などが選ばれたら、遺産と相続人を調べ、遺産分割の案を作る。
4. 後見人も相続人なら、特別代理人の選任を申し立てる(後見監督人がいれば不要)。申立てには遺産分割協議書の案を付けるのが一般的である。
5. 後見人・特別代理人などが本人のために協議に加わり、遺産分割協議書に署名・押印する。
6. 協議がまとまらないときは、家庭裁判所の調停・審判へ進む。
実務の視点 後見開始の申立てには、本人の戸籍謄本・住民票、医師の診断書、本人の財産や収支の資料、親族の意見書などが要り、審理には一定の期間がかかる。医師の鑑定が必要になれば費用と時間が増える。必要な書類と費用は、申し立てる家庭裁判所の案内で確かめる。相続税の申告や相続放棄の期限が迫っている場合は、後見の申立てと並行してどう対応するかを早めに相談する。
① 後見は遺産分割のためだけに使えるわけではない。 遺産分割が終わっても、後見は終わらない。判断能力が回復して家庭裁判所が後見開始の審判を取り消す場合(民法10条)などを除き、通常は本人が亡くなるまで続き、後見人は財産の管理と家庭裁判所への報告を続ける。後見人の報酬は、家庭裁判所が本人の資力などを考えて本人の財産から与えるもので(民法862条)、専門職が後見人になれば、継続的な負担を見込む必要がある。
② 後見人がいても、本人の財産は家族のものにはならない。 後見人は本人のために財産を管理するので、本人が相続した預金を家族の生活費や他の相続人のために自由に使うことはできない。
③ 認知症になる前の対策。 遺言(特に公正証書遺言)があれば、遺言の内容に従って手続でき、遺産分割協議が要らない場合がある。任意後見契約も、本人の判断能力があるうちにしか結べない。
④ 相続放棄の期間。 相続人が成年被後見人のときは、相続放棄などの3か月の期間は、後見人が本人のために相続の開始があったことを知った時から数える(民法917条)。認知症であるだけで後見を受けていない人や、保佐・補助を受けている人には、この特則はそのままは当てはまらない。ただし、意思能力を欠いていた人について後から後見が始まった場合などの起算点は、個別に検討が要る。後見開始を申し立てただけでは期間は止まらないので、必要なら期間の伸長も早めに考える。また、相続放棄を考えているのに先に遺産分割や預金の払戻しなどをすると、単純承認とみなされるおそれがある。期間の数え方は「相続放棄|3か月の数え方と避けるべき行動」のスレッドを参照。相続税の申告(原則10か月)や相続登記(原則3年)の期限も、後見の申立てだけで止まったり延びたりはしない(本人の期限の起算点は個別に確かめる)。
⑤ 制度が大きく変わる予定。 2026年6月24日に公布された民法等の改正(令和8年法律第45号)で、成年後見制度が見直され、今の後見・保佐・補助の3つの区分が「補助」に一本化される(この記事の条文番号も変わる)。施行は公布から2年6か月を超えない範囲で政令で定める日とされている。すでに始まっている後見などや、施行の時に手続中の申立てがどう扱われるかは、改正法の経過措置による。この記事は2026年10月時点の制度で書いているので、手続をとる時点の制度と経過措置を必ず確かめる。
・協議に必要な判断能力の程度。 認知症の人がした遺産分割協議が有効かどうかは、診断名だけでなく、協議の時の症状、協議の内容の複雑さ、説明の状況などで判断され、一律の線引きはない。すでにした協議の有効性が問題になっているときは、結論が分かれやすい。
・本人の取り分をどこまで確保すべきか。 法定相続分を確保するのが原則と説明されているが、本人の生活の状況や、本人が判断能力を十分に持っていた時期の意向などをどこまで考慮できるかは、事案ごとに、家庭裁判所や後見監督人の確認を経て判断される。
・後見を使わずに済む方法があるか。 遺産の内容によっては、遺産分割をしないまま法定相続分で手続できる財産もあるが、不動産の共有などの問題が残る。どの方法がよいかは事案で変わる。
これらは一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
・認知症などの相続人がいて、協議ができるか分からない
・すでに判断能力に不安のある相続人の署名で協議書を作ってしまった
・後見人の候補者や、後見を始めた後の負担(報酬・報告)について知りたい
・後見人も相続人で、特別代理人をだれにするか、協議書の案をどう作るか迷っている
・本人の取り分を巡って、ほかの相続人と意見が分かれている
・相続税の申告や相続放棄の期限が近い
・本人が住んでいる家が遺産に含まれている
遺産分割協議書を作る前、できれば後見の申立てを考え始めた段階で相談するのがよい。相続放棄を考えている場合や相続税の申告が必要な場合は、期限があるので早めに相談する。
判断能力が十分でない相続人を外して遺産分割をすることはできず、意思能力を欠く本人による協議や、代理権のない家族による代理もできない。本人の能力と既存の代理権を確かめ、必要に応じて後見などの手続をとり、後見人も相続人なら特別代理人などが本人を代理する。後見人は本人の取り分を守る立場で、後見は遺産分割後も続くので、全体像をつかんでから進めたい。
出典
民法3条の2・7条・9条・10条・11条・13条1項6号・15条2項・3項・17条・113条1項・826条・843条・851条4号・858条・859条1項・859条の3・860条・862条・864条・865条1項・876条の2第3項・876条の3第2項・876条の4・876条の7第3項・876条の8第2項・876条の9・917条/任意後見契約に関する法律7条1項4号/家事事件手続法121条1号/令和8年法律第45号による改正(e-Gov 法令API v2 の未施行版で確認)(いずれも e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-19)