問題提起
父が亡くなり、相続人は長男と次男。遺産は預金1,000万円だけだが、父は長男を受取人にした死亡保険金3,000万円の保険に入っていた。長男は「保険金は自分のもので遺産とは関係ない、預金は半分ずつ」と言う。次男は納得できない。保険金はなぜ遺産と別なのか、まったく考慮されないのか。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
父が亡くなり、相続人は長男と次男。遺産は預金1,000万円だけだが、父は長男を受取人にした死亡保険金3,000万円の保険に入っていた。長男は「保険金は自分のもので遺産とは関係ない、預金は半分ずつ」と言う。次男は納得できない。保険金はなぜ遺産と別なのか、まったく考慮されないのか。
保険金受取人が生命保険契約の当事者以外の者であるときは、当該保険金受取人は、当然に当該生命保険契約の利益を享受する。保険法42条(e-Gov法令検索で原文確認)
保険契約者は、保険事故が発生するまでは、保険金受取人の変更をすることができる。保険法43条1項(e-Gov法令検索で原文確認)
保険金受取人が保険事故の発生前に死亡したときは、その相続人の全員が保険金受取人となる。保険法46条(e-Gov法令検索で原文確認)
共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。民法903条1項(e-Gov法令検索で原文確認)
① 相続で受け取るのではない。 死亡保険金の請求権は、亡くなった時に、保険契約に基づいて受取人のもとで初めて生じる。受取人は、亡くなった人から引き継ぐのではなく、保険契約の当事者でなくても当然に契約の利益を受ける(保険法42条)。
② 受取人が「相続人」と書かれている場合も同じ。 受取人を特定の名前ではなく「相続人」とだけ指定していた場合も、特段の事情がない限り、亡くなった時の相続人となるべき人を受取人に指定したものと解され、保険金請求権は契約の効力が生じると同時にその人たちの固有の財産となり、亡くなった人の遺産から離れているとした判例がある(最高裁昭和40年2月2日判決・民集19巻1号1頁)。
③ 亡くなった本人の権利を相続する場合は違う。 受取人が亡くなった本人自身になっていて、本人のものだった保険金・給付金の請求権を相続人が引き継ぐ場合は、相続財産になると説明されている。一方、約款によって相続人が死亡保険金の受取人とされている場合は、相続人固有の権利として取得することがある。「相続人が受け取る」というだけでは区別できないので、死亡保険金・満期保険金・入院給付金などの給付の種類ごとに、受取人の指定と約款を確かめる。
④ 受取人の割合。 受取人を「相続人」と指定した場合は、特段の事情のない限り、各相続人は相続分の割合で権利を取得するとした判例がある(最高裁平成6年7月18日判決・民集48巻5号1233頁)。これに対し、指定された受取人が保険事故の前に亡くなり、変更されていなかったときは、約款に別の定めがない限り、その受取人の相続人全員が受取人になり(保険法46条)、その場合は平等の割合で取得すると説明されている。2010年4月1日の保険法の施行より前に結ばれた古い契約は、経過措置で扱いが違うことがあるので、加入日と約款を確かめる。
場面|扱い
遺産分割|遺産に入らない。受取人が保険会社に請求して受け取る
特別受益(取り分の調整)|原則として当たらない。特段の事情があれば、特別受益に準じて計算に入れる
遺留分の計算|原則として加えない(受取人の変更は遺贈・贈与に当たらないとした判例がある)
相続放棄|放棄しても受け取れる(受取人固有の財産のため)
債権者|亡くなった人の債権者が、受取人固有の保険金を相続財産として差し押さえることはできない(ただし、受取人が亡くなった人の借金を相続した場合や、受取人自身に借金がある場合は、受取人の財産として差押えの対象になりうる)
相続税|亡くなった人が保険料を負担した部分はみなし相続財産として課税対象。相続人には非課税の枠がある
① 判例の考え方。 最高裁平成16年10月29日決定は、死亡保険金請求権は民法903条1項の遺贈・贈与に係る財産には当たらないとしたうえで、保険金の額、その額の遺産の総額に対する比率、受取人である相続人とほかの相続人それぞれと亡くなった人との関係、各相続人の生活実態などの事情を総合して、不公平が903条の趣旨に照らして到底是認できないほど著しいと評価すべき特段の事情がある場合には、同条を類推して、特別受益に準じて持戻しの対象になるとした。
② どのような場合か。 保険金の額が遺産の総額と比べて大きい場合に問題になりやすいが、割合だけで決まるわけではない。受取人が亡くなった人と同居して介護をしていたか、保険金が受取人の生活保障のためのものか、婚姻期間の長さなども考えられる。裁判例でも、認めた例と認めなかった例がある。
③ 計算の方法。 特段の事情があるとされた場合も、保険金そのものが遺産になるのではなく、遺産分割で各相続人の取り分を計算するときに、受取人が保険金を受け取ったことを考慮する、という扱いである。
④ 長くたった相続には注意。 特別受益などによる取り分の調整は、相続開始から10年を過ぎた後の遺産分割では原則として主張できない(民法904条の3。相続開始から10年を過ぎる前に家庭裁判所へ遺産分割を請求した場合などの例外がある。2023年4月1日より前に開始した相続は、相続開始から10年を過ぎる時と施行から5年を過ぎる時のいずれか遅い時までとする経過措置がある=令和3年法律第24号附則3条。相手への通知や話し合いだけでは例外に当たらない)。死亡保険金を特別受益に準じて考慮する主張についても、この規定との関係を検討する必要がある。相続人全員の合意で調整することは別である。
自分を被保険者とする生命保険の死亡保険金の受取人を変更する行為は、遺留分減殺の対象となる遺贈・贈与に当たらず、これに準ずるものともいえないとした判例がある(最高裁平成14年11月5日判決・民集56巻8号2069頁。改正前の民法1031条についての判断)。死亡保険金は、原則として遺留分の計算に加えないと説明されている。遺産に比べて非常に大きな保険金がある場合の扱いには議論がある(「遺留分|生前贈与が算入される場合」のスレッドを参照)。
① みなし相続財産。 死亡保険金のうち、亡くなった人が実際に負担した保険料に対応する部分は、相続税では、受取人が相続または遺贈により取得したものとみなされる(相続税法3条1項1号)。契約者の名義だけでは決まらない。
② 非課税の枠。 相続人が受け取った死亡保険金は、相続人全員が受け取った保険金の合計について「500万円×法定相続人の数」までが非課税になり、各人の受取額に応じて配分する(相続税法12条1項6号)。相続放棄をした人が受け取った分には、この枠は使えない(同法3条1項の「相続人」には放棄した人を含まない)が、枠の計算の人数は、放棄がなかったものとして数える(同法15条2項。養子の数には制限がある)。
③ 保険料をだれが負担したか。 受取人自身が負担した保険料に対応する部分は原則として所得税、ほかの人(存命の人)が負担した部分は原則として贈与税の対象になる。
④ 申告期限。 相続税の申告が必要な場合は、原則として相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に申告する(相続税法27条1項)。
実務の視点 保険会社への請求は受取人が(受取人が複数なら原則として自分の取得分について)単独でできるので、遺産分割の前でも受け取れる。保険金の請求権は、保険法が適用される契約では原則として請求できる時から3年で時効により消える(保険法95条1項)。施行前の古い契約では2年とされる場合もあり、約款で扱いが違うこともあるので、契約日と約款を確かめ、放置しない。期間を過ぎても支払われることがあるので、あきらめずに保険会社に照会する。ただし、ほかの相続人との関係では、保険金の額や受取人を隠しておくと、後で特段の事情の主張や感情的な対立を招きやすい。保険証券・保険会社からの支払通知を保管し、遺産分割の話し合いでは、保険金の有無と額も共有したうえで、調整するかどうかを話し合うと紛争を避けやすい。ただし、保険金を考慮して遺産の取得割合を調整することと、受取人固有の保険金そのものをほかの相続人に渡すことは扱いが違い、後者は贈与税の問題が生じうるので、合意の前に弁護士・税理士に確かめる。
① 「保険金は遺産だから分けるべき」は原則として誤り。 受取人固有の財産で、遺産分割の対象ではない。
② 「保険金はまったく考慮されない」も言い過ぎ。 特段の事情があれば、遺産分割の計算で考慮されることがある。
③ 税金では遺産と同じように数える部分がある。 民法上は遺産でなくても、亡くなった人が負担した保険料に対応する部分は、相続税の計算に入る(非課税の枠もある)。
④ 非課税の枠は税金の話。 相続税の非課税の枠は、遺産分割での扱いとは関係がない。
・特段の事情に当たるか。 保険金の額や割合、家族の事情をどう評価するかで結論が分かれ、明確な線引きはない。
・遺留分の計算への影響。 遺産に比べて非常に大きな死亡保険金を、遺留分の計算でどこまで考慮できるかには議論がある。
・受取人の指定の解釈。 受取人の書き方が曖昧な場合や、指定の変更があった場合に、だれがどの割合で受け取るかが争いになることがある。
これらは一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
・特定の相続人が多額の死亡保険金を受け取っている
・保険金を遺産分割で考慮すべきか、相続人の間で意見が分かれている
・受取人がだれになっているか分からない、または受取人が先に亡くなっていた
・遺留分の請求で、保険金の扱いが問題になっている
・相続放棄を考えているが、保険金は受け取りたい
・相続税の申告が必要か分からない
・亡くなった人に借金がある、または受取人自身に借金がある
・相続開始から長い年月がたっている
遺産分割の話し合いを始める前、保険金の受取人と額が分かった段階で相談するのがよい。相続放棄や遺留分の請求を考えている場合は、保険金の調査の完了を待たずに相談する。相続税の申告が必要な場合は期限があるので、税理士にも早めに確認する。
死亡保険金は、受取人が保険契約に基づいて自分の権利として取得するので、原則として遺産分割の対象にも、特別受益にも、遺留分の計算にも入らない。ただし、不公平が著しい特段の事情があれば遺産分割で考慮されることがある。相続税では、亡くなった人が負担した保険料に対応する部分がみなし相続財産として扱われる。
出典
民法903条・904条の3/保険法42条・43条1項・46条・95条1項/相続税法3条1項・12条1項6号・15条2項・27条1項/民法等の一部を改正する法律(令和3年法律第24号)附則3条(いずれも e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-19)/最高裁昭和40年2月2日判決(民集19巻1号1頁)/最高裁平成6年7月18日判決(民集48巻5号1233頁)/最高裁平成14年11月5日判決(民集56巻8号2069頁)/最高裁平成16年10月29日決定(民集58巻7号1979頁)