問題提起
父が亡くなり、相続人は母と子2人。父には自宅のほか、事業の借入れが残っている。家族で話し合い、「自宅も借金も長男が引き継ぐ」と決めた。次男は、これで自分は借金と無関係になると思っているが、本当にそうなのか。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
父が亡くなり、相続人は母と子2人。父には自宅のほか、事業の借入れが残っている。家族で話し合い、「自宅も借金も長男が引き継ぐ」と決めた。次男は、これで自分は借金と無関係になると思っているが、本当にそうなのか。
相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。民法896条(e-Gov法令検索で原文確認)
各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。民法899条(e-Gov法令検索で原文確認)
被相続人が相続開始の時において有した債務の債権者は、前条の規定による相続分の指定がされた場合であっても、各共同相続人に対し、第九百条及び第九百一条の規定により算定した相続分に応じてその権利を行使することができる。ただし、その債権者が共同相続人の一人に対してその指定された相続分に応じた債務の承継を承認したときは、この限りでない。民法902条の2(e-Gov法令検索で原文確認)
免責的債務引受の引受人は債務者が債権者に対して負担する債務と同一の内容の債務を負担し、債務者は自己の債務を免れる。
2 免責的債務引受は、債権者と引受人となる者との契約によってすることができる。この場合において、免責的債務引受は、債権者が債務者に対してその契約をした旨を通知した時に、その効力を生ずる。
3 免責的債務引受は、債務者と引受人となる者が契約をし、債権者が引受人となる者に対して承諾をすることによってもすることができる。民法472条(e-Gov法令検索で原文確認)
① 借金も相続される。 相続人は、亡くなった人のプラスの財産だけでなく、借金などの義務も引き継ぐ(民法896条)。
② 金銭の債務は当然に分かれる。 借入金や未払の代金など、お金を払う債務は、相続が始まると同時に、相続分に応じて各相続人に分かれて引き継がれると解されている。遺言で相続分の指定がなければ法定相続分による。たとえば、相続人が配偶者と子2人で、借金が1,200万円なら、配偶者は600万円、子は各300万円を引き継ぐ。遺産分割の対象にはならないと説明されている。
③ 連帯債務の場合。 亡くなった人がほかの人と連帯して借りていた場合、相続人は、その債務を分けたものを引き継ぎ、その範囲で、もとの債務者とともに連帯債務者になるとした判例がある(最高裁昭和34年6月19日判決・民集13巻6号757頁)。
④ 保証人だった場合。 亡くなった人がだれかの保証人になっていた場合、その保証債務も原則として相続される。ただし、継続的な取引の保証などでは、保証の内容によって扱いが変わることがあり、個別に確かめる必要がある。
⑤ 相続人が負うのは債務全体ではない。 原則として、各相続人が負うのは自分の相続分の割合の部分である。亡くなった人が連帯債務者や保証人だった場合でも、相続人であるというだけで、各相続人が当然に全額を負うわけではない。ただし、相続人自身がもともとその借金の連帯債務者や保証人になっている場合は、相続とは別に、その責任を負う。
⑥ 借金と担保は別。 個人として負う借金の割合と、取得した不動産に付いている抵当権の負担は別の問題である。抵当権付きの自宅を取得した相続人は、自分の借金の割合が一部でも、担保されている債務が払われなければ、自宅が競売の対象になりうる。遺産分割の取り決めだけでは抵当権は消えない。
① 相続人の間では有効。 相続人全員の合意で、特定の相続人が借金を全部払うと決めることはできる。この取り決めは、相続人の間では有効で、引き受けた相続人が払わなければ、ほかの相続人は自分が払った分をその人に求めることができる。
② 債権者は縛られない。 しかし、債権者が同意していない限り、債権者はこの取り決めに従う必要がない。債権者は、引き続き、各相続人に法定相続分に応じて請求できる。「遺産分割協議書に書いたから自分は関係ない」とは、債権者に対しては言えない。
③ 遺言で相続分を指定した場合。 亡くなった人が遺言で「長男の相続分を4分の3」などと指定していた場合、相続人の間では指定された割合で債務を引き継ぐと解されている。しかし、債権者は法定相続分に応じて各相続人に請求できる。ただし、債権者が共同相続人の一人に対して、指定された相続分による承継を承認したときは、その割合になる(民法902条の2)。遺言による指定だけでは、債権者の請求を法定相続分より減らせない点は、遺産分割の取り決めと同じである。
① 免責的債務引受。 借金を引き受ける相続人(引受人)が債務を引き継ぎ、ほかの相続人の債務をなくす方法を免責的債務引受という。債権者と引受人との契約(債権者がほかの相続人に通知した時に効力が生じる)か、相続人と引受人との契約に債権者が承諾する方法でできる(民法472条2項・3項)。いずれにしても、債権者の関与が必要である。
② 併存的債務引受。 引受人が債務を引き受けても、ほかの相続人の債務が残る形(併存的債務引受。民法470条)にとどまる場合は、ほかの相続人は外れない。債権者との合意がどちらの形なのかを、書面で確かめる。
③ 金融機関との手続。 残高・担保・保証人・団体信用生命保険の有無は、金融機関に問い合わせないと分からないことも多い。問い合わせや相続の連絡をしただけで単純承認になるわけではないので、早めに照会してよい。ただし、相続放棄を考えている間は、債務引受や返済条件の変更の書類に安易に署名しない。 住宅ローンや事業の借入れでは、金融機関が、引き継ぐ相続人の返済能力を審査したうえで、債務引受の契約や担保・保証人の変更を求めることが多い。金融機関が承諾しない場合は、相続人の間の取り決めにとどまる。
実務の視点 遺産分割協議書に借金の負担を書くときは、「債権者の承諾が得られなかった場合に、引き受けた相続人がほかの相続人の負担分をどう補償するか」まで書いておくとよい。ただし、引き受けた人にお金がなくなれば補償を受けられない危険は残る。団体信用生命保険が付いた住宅ローンは、亡くなったことで保険から残高が払われる場合があるので、金融機関に確かめる。
① 相続放棄・限定承認。 借金がプラスの財産より多い、またはよく分からない場合は、遺産分割で負担を調整するのではなく、相続放棄(借金もプラスの財産も引き継がない)や限定承認(相続で得た財産の限度でだけ借金などを払う。民法922条)を考える。いずれも家庭裁判所への申述が必要で、原則として自分が相続人になったと知った時から3か月以内に申述までしなければならない(民法915条1項)。検討や相談を始めただけでは期限は止まらない。調査が間に合わないときは、期限が来る前に期間の伸長を申し立てる。相続放棄は各相続人が単独でできるが、限定承認は相続人全員が共同でしなければならない(民法923条)。亡くなったことを知ってから3か月を過ぎて借金が分かった場合の扱いは「相続放棄|期限を過ぎた後に借金が分かった場合」のスレッドを参照。詳しくは「相続放棄|3か月の数え方と避けるべき行動」「限定承認|プラスの範囲で借金を払う選択肢」のスレッドを参照。
② 遺産分割を成立させると放棄できなくなる。 話し合いや案の検討だけで直ちに単純承認になるわけではないが、遺産分割協議を成立させることは、通常、遺産の処分として単純承認とみなされ(民法921条1号)、その後は相続放棄も限定承認も原則としてできなくなると考えられている。自分が何も取得しない内容でも同じである。借金の額が分からないうちに遺産分割を成立させない。
③ 「何も相続しない」は相続放棄ではない。 遺産分割で自分は何も取得しないことにしても、借金は法定相続分に応じて引き継いだままになる。借金を引き継ぎたくないなら、家庭裁判所での相続放棄が必要である。
④ 放棄で消えない責任と、ほかの親族への影響。 相続放棄で免れるのは、相続によって引き継ぐ責任だけで、自分が保証人・連帯債務者になっていた借金の責任は残る。また、放棄した人は初めから相続人でなかったものとみなされる(民法939条)ので、ほかの相続人の割合が増えたり、次の順位の親族(親・兄弟姉妹など)が相続人になって請求を受けたりすることがある。
1. 借金を調べる(借用書・返済予定表・通帳の引落し・郵便物。信用情報機関への開示請求も方法の一つ)。保証人になっていないかも確かめる。
2. 調べた結果を踏まえて、相続放棄・限定承認をするかを考え、選ぶ場合は原則として3か月以内に家庭裁判所へ申述する(調査や判断が間に合わないときは、期限が来る前に期間の伸長を申し立てる)。
3. 相続する場合は、だれが借金を払うかを相続人の間で話し合う。
4. 債権者(金融機関など)に相談し、債務引受の可否と条件を確かめる。
5. 遺産分割協議書に借金の負担と、債権者の承諾が得られない場合の扱いを書く。
6. 債権者と債務引受の契約などをする。
① 「借金は遺産から先に払うもの」とは限らない。 遺産分割と借金の支払は別の問題で、遺産を分けた後でも、債権者は各相続人に法定相続分に応じて請求できる。
② 特定の相続人が多く遺産を取得しても、借金の割合は変わらない。 遺産分割で長男が自宅を取得し、次男が何も取得しなくても、債権者との関係では、次男も法定相続分の借金を負う。
③ 家賃・医療費・税金も。 亡くなった人の未払の家賃や入院費なども相続の対象となる債務である。亡くなった人の税金も相続人が引き継ぐが、税金には特別の定めがあり、相続で得た財産の価額が相続分で分けた税額を超える相続人は、その超える額の範囲で、ほかの相続人の分まで納める責任を負うことがある(国税通則法5条3項。財産の価額の計算には決まりがあり、地方税にも同様の定めがある)。通常の借金と同じとは限らないので、別に確かめる。
④ 改正前の相続・契約。 民法902条の2は2019年7月1日以後に開始した相続に適用され、債務引受の規定(民法470条〜472条の4)は2020年4月1日より前に結ばれた債務引受の契約には適用されない(平成29年法律第44号附則23条。902条の2については平成30年法律第72号附則2条)。それより前の相続・契約は、経過措置の確認が要る。
・どの債務が当然に分かれるか。 金銭債務は当然に分割されると解されているが、性質上分けられない債務や、継続的な契約上の地位を含む場合など、どう扱うかは個別の判断になる。
・保証債務の相続の範囲。 現在の法律が適用される個人の根保証では、保証人が亡くなると保証の対象となる元本が確定する(民法465条の4第1項3号)ので、その後に生じた借金まで相続人が保証し続けるわけではない。ただし、確定した元本についての責任は原則として相続される。古い契約や法人の保証などは、契約の時期と内容で扱いが変わる。
・合意がない場合の扱い。 相続人全員が合意すれば、借金を多く負担する人に遺産を多く取得させる調整は通常できるが、合意がない場合に、家庭裁判所の遺産分割の審判で借金の負担まで決められるわけではないとされ、どのように調整するかは事案による。
これらは一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
・借金の全体が分からない、または保証人になっていた可能性がある
・借金がプラスの財産より多いかもしれない
・遺産分割で特定の相続人が借金を引き継ぐことにしたが、債権者の承諾を得ていない
・債権者から法定相続分に応じた請求が来た
・事業の借入れや住宅ローンが残っている
・相続放棄の3か月が近い、または過ぎたかもしれない
・自分も亡くなった人の借金の保証人・連帯債務者になっている
・亡くなった人の税金の滞納や、亡くなった後に納税通知が届いた
借金があると分かった時点で、遺産に手を付ける前、できるだけ早く相談するのがよい。相続放棄・限定承認には3か月の期限があり、遺産分割協議をすると放棄できなくなるおそれがある。
亡くなった人の借金は、原則として法定相続分に応じて各相続人が引き継ぐ。遺産分割で負担を決めても、債権者が承諾しなければ債権者には主張できない。相続したうえで借金から外れるには債権者の関与が要る。借金が多いなら、債権者の承諾の要らない相続放棄や、限定承認を、原則として3か月以内に家庭裁判所へ申述することを考えたい。
出典
民法465条の4第1項3号・470条・472条・896条・899条・902条の2・915条1項・921条1号・922条・923条・939条/国税通則法5条/民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則23条/民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成30年法律第72号)附則2条(いずれも e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-19)/最高裁昭和34年6月19日判決(民集13巻6号757頁)