問題提起
父の遺言書に「長男を遺言執行者に指定する」と書かれていた。長男である自分は、何をしなければならないのか。弟から「早く財産の中身を見せろ」と言われているが、どこまで見せる必要があるのか。忙しいので断ることはできるのか。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
父の遺言書に「長男を遺言執行者に指定する」と書かれていた。長男である自分は、何をしなければならないのか。弟から「早く財産の中身を見せろ」と言われているが、どこまで見せる必要があるのか。忙しいので断ることはできるのか。
遺言執行者が就職を承諾したときは、直ちにその任務を行わなければならない。
2 遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない。民法1007条(e-Gov法令検索で原文確認)
遺言執行者は、遅滞なく、相続財産の目録を作成して、相続人に交付しなければならない。
2 遺言執行者は、相続人の請求があるときは、その立会いをもって相続財産の目録を作成し、又は公証人にこれを作成させなければならない。民法1011条(e-Gov法令検索で原文確認)
遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
2 遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができる。
3 第六百四十四条、第六百四十五条から第六百四十七条まで及び第六百五十条の規定は、遺言執行者について準用する。民法1012条(e-Gov法令検索で原文確認)
遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。
2 前項の規定に違反してした行為は、無効とする。ただし、これをもって善意の第三者に対抗することができない。
3 前二項の規定は、相続人の債権者(相続債権者を含む。)が相続財産についてその権利を行使することを妨げない。民法1013条(e-Gov法令検索で原文確認)
(前略)遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言(以下「特定財産承継遺言」という。)があったときは、遺言執行者は、当該共同相続人が第八百九十九条の二第一項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる。
3 前項の財産が預貯金債権である場合には、遺言執行者は、同項に規定する行為のほか、その預金又は貯金の払戻しの請求及びその預金又は貯金に係る契約の解約の申入れをすることができる。ただし、解約の申入れについては、その預貯金債権の全部が特定財産承継遺言の目的である場合に限る。
4 前二項の規定にかかわらず、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従う。民法1014条2項〜4項(e-Gov法令検索で原文確認)
① 選ばれ方。 遺言で指定されるか、遺言で指定を第三者に委託するか(民法1006条1項)、遺言執行者がいないときに利害関係人の請求で家庭裁判所が選任する(民法1010条)。
② なれない人。 未成年者と破産者は遺言執行者になれない(民法1009条)。破産したことがある人すべてではなく、復権を得た人はここでいう破産者に当たらないと解されている。相続人の一人が指定されることも多い。
③ 引き受けるかは自由。 遺言で指定されても、引き受ける(就職を承諾する)義務はない。相続人などは、相当の期間を定めて引き受けるかどうか答えるよう催告でき、期間内に相続人に答えなければ、引き受けたものとみなされる(民法1008条)。引き受けないなら、期間内に、答えたことが分かる方法ではっきり断る。家庭裁判所に選任されて就任した人が辞めるには、正当な事由と家庭裁判所の許可が要る(民法1019条2項)。
① 直ちに任務を始める。 引き受けたら直ちに任務を行う(民法1007条1項)。
② 相続人への通知。 任務を始めたら、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知する(民法1007条2項)。遺言で財産をもらわない相続人にも通知が要る。
③ 財産目録の作成・交付。 遅滞なく相続財産の目録を作って相続人に交付する。相続人から請求があれば、その立会いのもとで作るか、公証人に作らせる(民法1011条)。遺言が特定の財産だけに関するものなら、目録の作成(1011条)・権利義務(1012条)・相続人の処分の禁止(1013条)は、その財産についてだけ適用される(民法1014条1項)。
④ 財産の管理と執行。 遺言の内容を実現するために必要な行為(財産の管理、遺贈の履行、登記、預金の手続など)をする(民法1012条1項)。遺贈の履行は、遺言執行者がいるときは遺言執行者だけができる(同条2項)。
⑤ 委任と同じ義務。 善良な管理者の注意で任務を行い、相続人の請求があればいつでも状況を報告し、終わったときは経過と結果を報告する。受け取った金銭などは引き渡し、自分のために使えば利息や損害の責任を負う(民法1012条3項による644条・645条〜647条の準用。第三者に任務を行わせることは1016条による)。
⑥ 任務の範囲。 遺言が特定の財産だけに関するものなら、遺言執行者の権限もその財産に限られる(民法1014条1項)。遺言に書かれていない財産の遺産分割は、相続人どうしで行う。
⑦ 遺言の内容によっては法定の期限も。 たとえば、遺言で子を認知している場合、遺言執行者は、就職の日から10日以内に、認知に関する遺言の謄本を添えて届出をしなければならない(戸籍法64条)。
① 対抗要件を備える手続。 「長男に〇〇の土地を相続させる」という遺言では、遺言執行者は、長男が登記などの対抗要件を備えるために必要な行為ができる(民法1014条2項)。
② 預貯金の手続。 対象が預貯金なら、払戻しの請求ができ、その預貯金の全部が遺言の対象なら、解約の申入れもできる(民法1014条3項)。
③ 遺言で別の定めをしていれば従う。 遺言で別段の意思表示がされていれば、それに従う(民法1014条4項)。
④ 取得する相続人自身の手続。 遺言執行者に権限があっても、遺言で不動産を取得する相続人が自分で相続登記を申請することが一律に排除されるわけではない。
① 処分の禁止。 遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産を処分するなど遺言の執行を妨げる行為をすることができない(民法1013条1項)。指定された人がまだ引き受けていない間なら自由に処分できる、とは限らない。
② 違反した処分は無効。 これに違反した行為は無効だが、事情を知らない第三者(善意の第三者)には無効を主張できない(同条2項)。
③ 債権者の権利は別。 相続人の債権者(亡くなった人の債権者を含む)が相続財産に権利を行使することは妨げられない(同条3項)。
① 報酬。 遺言に報酬が定められていればそれによる。定めがなければ、家庭裁判所が相続財産の状況などから定めることができる(民法1018条1項)。
② 費用。 遺言の執行に関する費用(登記の費用、目録の作成費用など)は相続財産から払う。ただし、そのために遺留分を減らすことはできない(民法1021条)。
③ 第三者に任せる。 遺言執行者は、自分の責任で第三者に任務を行わせることができる(遺言で別段の定めがあれば従う。民法1016条1項)。やむを得ない事由があるときは、選任と監督の責任だけを負う(同条2項)。
④ 辞任・解任。 正当な事由があるときは、家庭裁判所の許可を得て辞任できる(民法1019条2項)。任務を怠ったときなどは、利害関係人が家庭裁判所に解任を請求できる(同条1項)。
令和元年(2019年)7月1日に施行された改正で、遺言執行者の規定が整えられた。原則として、施行日より前に開始した相続には改正前の規定が適用される(平成30年法律第72号附則2条)。たとえば、相続人の処分の効力(1013条2項・3項)や遺言執行者の行為の効果(1015条)は、相続開始が施行日より前なら改正前の規定と判例で考えることになる。そのうえで、附則8条が次の特則を置いている。
・相続人への通知の義務(1007条2項)と権利義務の規定(1012条)は、施行日前に開始した相続でも、施行日以後に遺言執行者になる人には適用される(附則8条1項)。
・特定財産承継遺言の対抗要件・預貯金の規定(1014条2項〜4項)は、施行日前にされた特定の財産に関する遺言の執行には適用されない(同条2項)。
・復任権(1016条)は、施行日前にされた遺言については従前の例による(同条3項)。
古い遺言を執行する場合は、どの規定が適用されるかを確かめる。
1. 遺言書の確認。公正証書遺言と法務局に保管された自筆証書遺言以外(保管されていない自筆証書遺言・秘密証書遺言)は、家庭裁判所の検認が必要で、封印のある遺言書は家庭裁判所で開封する。検認は遺言の有効・無効を決める手続ではない(「遺言書の検認|見つけた遺言書の開け方と手続」のスレッドを参照)。
2. 引き受けるかを決め、引き受けたら相続人に通知する(遺言の写しを付けるのが一般的)。
3. 戸籍で相続人を確定し、財産を調べて相続財産の目録を作り、相続人に交付する。
4. 遺言に従って、登記・預金の払戻し・遺贈の引渡しなどを行う。
5. 相続人の求めに応じて報告し、終わったら経過と結果を報告する。
実務の視点 相続人への通知や目録の交付は、後で「聞いていない」と争われないよう、書面で送り、送った記録(配達の記録など)を残す。預かった現金や払い戻した預金は、自分の財産と混ざらないように専用の口座などで管理し、出入りを記録する。相続人の一人が遺言執行者の場合は、ほかの相続人から公平さを疑われやすいので、情報を早めにそろえて開示する。遺留分の請求が出されそうな場合や、相続人の間で対立がある場合は、執行の事務を弁護士に頼む(民法1016条)ことや、遺言執行者の交代を考えることもある。交代には、今の遺言執行者の辞任の許可や解任、新しい遺言執行者の選任など家庭裁判所の手続が要り、事務を弁護士に頼んだだけでは今の遺言執行者の立場と責任はなくならない。
① 相続人の指図に従って動く立場ではない。 遺言執行者は、遺言の内容を実現するのが仕事で、相続人の希望や多数決に従って動く立場ではない。遺言執行者がその権限内で遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接に効力を生じる(民法1015条。改正前の1015条は「相続人の代理人とみなす」と定めていた)。
② 財産をもらわない相続人にも通知・目録の交付が要る。 遺言で何ももらわない相続人も、遺言の内容を知る必要がある(遺留分を請求するかの判断などのため)。
③ 遺留分の請求があっても執行は進む。 2019年7月1日以後に開始した相続では、遺留分侵害額の請求は金銭の請求なので、請求されたことだけで遺言の執行が当然に止まるわけではない。裁判所の保全の命令などがあれば、それに従う。それより前に開始した相続では改正前の遺留分減殺請求の制度が適用されるので、個別に確かめる。遺言の有効性が争われている場合などは、執行の進め方を慎重に考える。
・どこまでが遺言執行者の仕事か。 遺言の書き方によっては、遺言執行者の権限がどこまで及ぶか(遺言に書かれていない財産、相続人の間の紛争への関与など)の判断が分かれることがある。
・相続人の一人が遺言執行者の場合の中立性。 自分も財産を受け取る立場の遺言執行者が、ほかの相続人との関係でどこまで中立に動くべきか、利益が相反する場面をどう扱うかは、事案ごとの判断になる。
・報酬の相当額。 遺言に定めがない場合の報酬の額は、財産の規模や任務の内容で変わり、一律の基準はない。
これらは一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
・遺言執行者に指定されたが、引き受けるか迷っている
・相続人の間で対立があり、財産の開示を強く求められている
・不動産の登記や預金の手続が複雑、または遺言の書き方が分かりにくい
・遺留分の請求や、遺言の無効の主張が出されそう
・相続人が勝手に財産を処分しようとしている
・古い遺言(2019年6月以前)を執行する、または2019年6月以前に開始した相続である
・催告・登記・届出などの期限が迫っている
・借金や未払金が多く、財産を引き渡す前に債権者への対応を考える必要がある
引き受けるかどうかを決める前に相談するのがよい。引き受けた後に辞任するには家庭裁判所の許可が要る。すでに就任している場合は、相談を理由に任務の開始や通知を漫然と遅らせず、急ぐ義務への対応も含めて相談する。
遺言執行者は、遺言の内容を実現するために財産を管理し、執行に必要な一切の行為をする。引き受けたら直ちに任務を始め、相続人への通知と財産目録の交付を遅滞なく行う。相続人は執行を妨げる処分ができない。報告と記録を丁寧に残して進めたい。
出典
民法899条の2第1項・1004条・1006条〜1016条・1018条・1019条・1021条/戸籍法64条/民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成30年法律第72号)附則2条・8条(いずれも e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-19)