問題提起
トラブルに巻き込まれると、早く何とかしたいという気持ちから、相手に連絡したり、書類を片づけたり、言われるままにお金を払ったりしてしまうことがある。しかし、その行動が、後で取り返しのつかない不利益につながることがある。弁護士に相談するまでの間に、避けたほうがよい行動を知っておきたい。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
トラブルに巻き込まれると、早く何とかしたいという気持ちから、相手に連絡したり、書類を片づけたり、言われるままにお金を払ったりしてしまうことがある。しかし、その行動が、後で取り返しのつかない不利益につながることがある。弁護士に相談するまでの間に、避けたほうがよい行動を知っておきたい。
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。民法921条1号(e-Gov法令検索で原文確認)
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。民法915条1項(e-Gov法令検索で原文確認)
時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める。民法152条1項(e-Gov法令検索で原文確認)
当事者が相手方の使用を妨げる目的で提出の義務がある文書を滅失させ、その他これを使用することができないようにしたときも、前項と同様とする。民事訴訟法224条2項(e-Gov法令検索で原文確認)
生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、二年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。刑法222条1項(e-Gov法令検索で原文確認)
① 相手方への感情的な連絡。 怒りにまかせたメッセージや電話は、相手方に記録が残り、後の交渉や裁判で不利に使われることがある。相手の生命・身体・自由・名誉・財産に害を加える旨を告げて脅迫すると脅迫罪(刑法222条)、脅迫や暴行を用いて人に義務のないことを行わせると強要罪(刑法223条)に当たることがある。
② 証拠になる書類やデータの処分。 契約書、メール、メッセージ、写真などは、自分に不利に見えるものでも残しておく。訴訟の当事者が相手方の使用を妨げる目的で提出の義務がある文書を滅失させると、裁判所がその文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることがある(民事訴訟法224条2項)。権利または義務に関する他人の文書を毀棄すると、私用文書等毀棄罪(刑法259条)に当たることがある。
③ 遺産の処分。 相続人が相続財産の全部または一部を処分したときは、保存行為などを除き、単純承認をしたものとみなされる(民法921条1号)。亡くなった人の預金を引き出して使う、遺品の中の価値のある物を売る・譲る、といった行為は、相続放棄を考えている人にとって大きな問題になる。一方で、遺産を調べたり記録したりすることや、保存行為まで禁じられるわけではない。相続放棄は、原則として、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、家庭裁判所に申述してしなければならない(民法915条1項・938条)。3か月は、原則として、相続人が、亡くなった人が死亡したことと、それによって自分が相続人になったことを知った時から数える。相続財産が全くないと信じ、そう信じたことに相当な理由がある場合などに例外を認めた判例がある(最判昭和59年4月27日・民集38巻6号698頁)。調査が間に合わないときは、相続人本人を含む利害関係人または検察官が請求すれば、家庭裁判所はこの期間を伸長できる(民法915条1項ただし書)。伸長の請求は、3か月の期間が満了する前にしておく必要があると考えられている。伸長するかどうかと伸長する期間は家庭裁判所が判断する。
④ 借金の一部の支払や承認。 時効は、権利の承認があったときは、その時から新たに進行を始める(民法152条1項)。古い借金の請求を受けたとき、少額でも支払ったり、支払う意思を示したりすると、承認として扱われることがある。承認は書面に限らず、電話やメール、メッセージで返済を約束したり、支払の猶予を求めたりしたことが、内容によって承認と評価されることもある。時効の完成後に債務を承認した場合も、時効の完成を知らなかったときでも、その後に時効を援用することは許されないとした判例がある(最大判昭和41年4月20日・民集20巻4号702頁)。ここで問題になるのは、承認の前に完成していた時効である。承認の後に改めて時効の期間が経過すれば、その新しい時効を援用できる場合がある。過去に返済したことだけで諦めず、最後の返済や承認の時期も確かめる。
⑤ 急いで署名・押印すること。 示談書、合意書、念書、借用書に署名・押印すると、その内容を約束したことの証拠になる。示談書の中に「これ以外に請求しない」という条項があると、後から新たな請求をすることが難しくなることがある。なお、契約は、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成などの方式がなくても成立する(民法522条2項)ので、口頭やメールでのやり取りで合意が成立することもある。
⑥ SNSへの投稿。 相手方の名前や事件の内容をSNSに投稿すると、名誉毀損などとして逆に責任を問われることがある。投稿の内容が相手方に証拠として使われることもある。すでに投稿してしまったときは、記録を残すことと、公開を続けることを区別して、削除などについて早めに相談する。
1. 相手方からの連絡は、記録を残す(メールやメッセージは消さない、電話の日時と内容をメモする)。電子データは自動で消えたり上書きされたりすることがあるので、日時・送り主・前後のやり取りが分かる形で保存する。
2. 相手方への交渉上の返事は「弁護士に相談してから返答します」程度にとどめる。ただし、クーリング・オフのように、期間内に自分から通知しなければ失われる権利もあるので、期限のある通知・手続が必要かもしれないときは、相談まで一律に待たず、すぐに相談先に連絡する。ただし、暴力やつきまといなどで身の危険があるときは、返事をしない方がよい場合があり、安全の確保と警察への連絡を優先する(緊急のときは110番)。
3. 書類やデータは、そのまま保管する。
4. 内容が分からない書類への署名・押印や、争いのある請求への支払・承認は、相談するまで待つ。ただし、家賃やローンなど正当な支払まで止めると、遅延損害金や契約の解除などの不利益が生じることがある。
5. 裁判所の書類や期限付きの通知が届いていれば、すぐに相談先に連絡し、書類の名前、受け取った日、期限を伝える。通常の予約日まで待ってよいとは限らない。
実務の視点 遺産の中でも、葬儀の費用の支払や、腐りやすい物の処分など、何が「処分」に当たり何が許されるかは、判断が難しいことがある。相続放棄を考えているときは、亡くなった人の預金や財産を動かす前に相談するのが安全である。すでに預金を引き出したり遺品を処分したりしてしまった場合も、相続放棄ができないと自分で決めつけず、すぐに相談する。
① 「少しだけなら」でも問題になる。 遺産の一部の処分でも単純承認とみなされることがある(民法921条1号は「全部又は一部」と定めている)。借金の少額の支払も、承認として扱われることがある。
② 自分に不利な証拠でも消さない。 不利な証拠を消すと、かえって不利益が大きくなることがある。不利な事情は、弁護士に伝えて対応を考える。証拠を集めるためでも、他人のアカウントに無断で入るなどの行為はしない。
③ 急がされても、内容が分からないまま署名しない。 「今日中に署名しないと」と急がされても、内容が分からないまま署名する必要はない。ただし、法律上の期限は別にあることがあるので、期限がいつかは確かめる。
④ 古い借金には経過措置が関係することがある。 契約の時期や、過去の返済・裁判の有無によっては、2020年4月1日に施行された民法の改正前の規定や経過措置が関係する。現在の条文だけで時効の成否を判断せず、請求書や返済の記録を持って相談する。
議論のある点 どのような行為が相続財産の「処分」に当たるか(葬儀費用の支払、形見分けなど)、3か月の期間をいつから数えるか、どのような言動が時効の「承認」に当たるか、時効の完成後に支払った場合に例外的に時効を援用できる事情があるかは、事情によって判断が分かれる。一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
・亡くなった人に借金があるかもしれず、相続放棄を考えている
・すでに遺産の預金を引き出したり、遺品を処分したりしてしまった
・古い借金の請求を受けた
・契約を取りやめたい(クーリング・オフなど、自分から通知する期限があるかもしれない)
・相手方から、示談書や合意書への署名・押印を急がされている
・相手方に強い言葉を送ってしまった、または事件のことをSNSに投稿してしまった
具体的な事案は、法律事務所、弁護士会の法律相談センターや法テラス等にご相談ください。
トラブルに気づいたら、相手方に連絡したり書類を処分したりする前に相談する。相続放棄の期間など、相談するまで待ってくれない期限もある。相談の予約や法律相談をしただけでは、時効や裁判の期限は止まらない。3か月を過ぎたと思っても、諦めずにすぐ相談する。
相談前に、相手方への感情的な連絡(刑法222条・223条)、証拠の処分(民事訴訟法224条2項)、遺産の処分(民法921条1号)、借金の一部の支払や承認(民法152条1項、最大判昭和41年4月20日)、急いだ署名・押印、SNSへの投稿は避ける。記録を残し、返事は相談の後にする。ただし、期限や正当な支払義務は相談を待ってくれないので、期限のある書類が届いたらすぐに相談先に連絡する。
出典
民法152条・522条・915条・921条・938条、民事訴訟法224条、刑法222条・223条・259条(e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-20)
最判昭和59年4月27日・民集38巻6号698頁
最大判昭和41年4月20日・民集20巻4号702頁