問題提起
貸したお金の返済、養育費、示談金の分割払――相手が約束を守ってくれれば問題はないが、払われなくなったときに裁判から始めるのは大変である。合意をあらかじめ公正証書にしておくと、払われなかったときに裁判をせずに差押えなどができる場合がある。この記事は、2026年10月21日現在の民事執行法・公証人法などで説明している。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
貸したお金の返済、養育費、示談金の分割払――相手が約束を守ってくれれば問題はないが、払われなくなったときに裁判から始めるのは大変である。合意をあらかじめ公正証書にしておくと、払われなかったときに裁判をせずに差押えなどができる場合がある。この記事は、2026年10月21日現在の民事執行法・公証人法などで説明している。
五 金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載され、又は記録されているもの(以下「執行証書」という。)民事執行法22条5号(e-Gov法令検索で原文確認)
① 対象となる請求。 金銭の一定の額の支払、またはその他の代替物・有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求に限られる(民事執行法22条5号)。金額が具体的に特定されていることが必要で、「相当額」のような書き方では足りない。
② 執行受諾の陳述。 債務者が「直ちに強制執行に服する」旨を陳述し、それが公正証書に記載・記録されていることが必要である(民事執行法22条5号)。この文言がない公正証書は、合意の証拠にはなっても、それだけで強制執行はできない。
③ 公証人が作ること。 公正証書は、当事者などの嘱託を受けて公証人が作成する(公証人法1条1号)。公証人は、法令に違反する事項や無効な行為などについて公正証書を作ることができない(公証人法26条)。
④ 電子の公正証書とウェブ会議。 公証人は、原則として電磁的記録で公正証書を作り、電磁的記録で作るのが困難な事情があるときは書面で作る(公証人法36条)。嘱託人の申出があり、公証人が相当と認めるときは、ウェブ会議の方法で手続を進めることもできる(公証人法37条2項・40条3項。他の嘱託人がいるときは、その人に異議がない場合に限る)。ただし、保証人になろうとする人の意思を確認する公正証書(民法465条の6第1項)など、ウェブ会議を使えないものもある(公証人法37条3項)。
⑤ 手数料。 法律行為に係る公正証書の作成手数料は、目的の価額に応じて定められている。例えば、50万円以下は3,000円、100万円以下は5,000円、200万円以下は7,000円、500万円以下は1万3,000円、1,000万円以下は2万円である(公証人手数料令9条・別表)。養育費や賃料のような定期の給付は全期間の総額を価額とするが、子の監護に要する費用の分担(養育費)などは5年分、その他は10年分が上限になる(公証人手数料令13条1項)。すでに額が決まった貸金や示談金を分割で払う約束は、ここでいう定期の給付とは別である。枚数が多い場合の加算(同令25条)や、正本などの交付・送達の費用などが別にかかる。
1. 当事者で合意の内容(金額、支払期日、支払方法、遅れたときの扱い)を決める。
2. 公証役場に連絡し、合意の内容と本人確認の資料などを伝えて、公正証書の案を作ってもらう。
3. 当事者(または代理人)が公証人の前で(またはウェブ会議で)内容を確認し、公正証書が作成される(公証人法40条)。
4. 支払が滞ったら、公正証書を保存する公証人から執行文の付与を受ける(民事執行法26条1項)。条件の成就や相続などによる承継が関係するときは、それを証する文書の提出が必要になることがある(民事執行法27条)。
5. 公正証書の正本など(電子の公正証書の場合は、公証人が内容の同一性を証明した書面など)を、強制執行の開始の前か開始と同時に債務者に送達してもらう(民事執行法29条、公証人法48条)。条件の成就や承継による執行文が付与された場合は、その執行文と、そのために提出した文書の写しなども送達が必要になる(民事執行法29条後段)。
6. 地方裁判所に、預金や給料などの差押えを申し立てる。
実務の視点 執行証書で強制執行をするには、差し押さえる財産(勤務先、預金口座の金融機関と支店など)を特定する必要がある。財産が分からない場合でも、要件を満たせば、財産開示手続や、金融機関などから情報を取得する手続を利用できることがある(民事執行法197条1項・207条1項。取得できる情報は債権の種類などで異なる)。公正証書を作るときに、分割払を怠った場合に残額を一括で払う定め(期限の利益の喪失)、遅延損害金、連絡先の変更の通知などを入れておくと、後の回収がしやすくなる。期限の利益の喪失の定め方(通知が必要か、当然に失うか)によって、執行文を受けるときに必要な手続が変わることがある。
① 公正証書なら何でも強制執行できるわけではない。 強制執行できるのは、金銭などの一定の額・数量の給付を目的とし、執行受諾の陳述があるものに限られる。建物の明渡し、特定の物の引渡し、謝罪、面会交流の実施などは、執行証書にはならない。
② 養育費は将来分も差押えを始められる場合がある。 執行受諾の文言がない場合でも、子の監護の費用には法律で定める範囲で先取特権が認められており(民法308条の2)、この先取特権に基づく差押え(担保権の実行という別の手続)を利用できる場合がある。適用される範囲や必要な資料は確認が必要である。 養育費など扶養に関する定期金債権は、一部の不履行があれば、まだ期限が来ていない分についても、給料など継続的な給付の債権の差押えを始めることができる(民事執行法151条の2)。差し押さえられるのは、それぞれの期限が来た後に支払期が来る給料などで(同条2項)、将来分をまとめて今すぐ回収できるわけではない。この場合、給料などの差押えが禁止される部分は、通常の4分の3ではなく原則として2分の1になる(民事執行法152条3項)。裁判所が差押えの範囲を変更することもある(民事執行法153条)。
③ 債務者は後から争うことができるが、訴えだけでは執行は止まらない。 執行証書は裁判を経ていないので、債務者は、請求権の存在や内容(弁済したことなど)、公正証書の成立について、請求異議の訴えで争うことができる(民事執行法35条1項)。執行受諾の陳述が代理権のない人によってされたなど、公正証書の成立に問題があることも、この訴えで争える。ただし、訴えを起こしただけでは強制執行は止まらず、止めるには別に強制執行の停止などを求める申立てをして裁判所の命令を得たうえで、その命令の正本などを執行機関に提出する必要がある(民事執行法36条・39条1項6号・7号)。
④ 公正証書にしても時効期間は延びない。 判決や調停調書などで確定した権利は、もとの時効期間が10年より短いときは10年になる(確定の時に弁済期が来ていない債権を除く。民法169条)が、公正証書にしただけでは時効期間は変わらない。時効が完成する前に、公正証書の作成の際に債務者が債務を認めれば、承認として時効が新たに進行を始める(民法152条1項)。時効が完成した後に債務を認めた場合も、その後に時効を援用することは許されない(最大判昭和41年4月20日・民集20巻4号702頁)。古い債務について支払の約束や公正証書の作成を求められたときは、応じる前に相談してほしい。
議論のある点 合意のどこまでを公正証書にするか、将来の変動(収入の変化による養育費の増減など)にどう備えるか、執行証書にするか裁判所の手続(訴え提起前の和解・調停)を使うかは、合意の内容と相手方の状況によって判断が分かれる。代理権の有無や追認の成否など、公正証書の成立の問題が認められるかどうかは、事情によって判断が分かれる。条項の書き方によって強制執行できるかが変わるので、作成前に弁護士に確認してほしい。
公証人法には、2026年10月21日現在、施行前の改正がある(e-Gov 法令検索で未施行の版として掲載。施行日は改正法の附則と政令で定められるので、手続をする時点で確認が必要)。民事執行法にも施行前の改正があるので、手続をする時点の規定を確認してほしい。公証人手数料令には、施行前の改正は見当たらない。
・養育費や離婚の条件を公正証書にしたい
・貸金や示談金を分割で払ってもらう約束をする
・公正証書の案の条項が強制執行できるものか分からない
・公正証書に基づいて強制執行をしたいが、相手方の勤務先や預金先が分からない
・公正証書に基づいて強制執行をされそう、または差押えを受けた
・建物の明渡しなど、金銭以外の約束を確実にしたい
具体的な事案は、法律事務所、弁護士会の法律相談センターや法テラス等にご相談ください。
合意の内容が固まり、公証役場に依頼する前に相談するのがよい。公正証書の案ができたら、承認する前に条項を確認してもらうと、後で執行できないという事態を防ぎやすい。
金銭などの一定の額・数量の給付を目的とし、債務者の執行受諾の陳述がある公正証書(執行証書)は、裁判をせずに強制執行の根拠になる。建物の明渡しや特定の物の引渡しなどは執行証書にできない。2025年10月からは電子の公正証書が原則で、手数料は目的の価額に応じて定められている。債務者が請求異議の訴えを起こしても、それだけでは執行は止まらない。
出典
民事執行法22条・26条・27条・29条・35条・36条・39条・151条の2・152条・153条・197条・207条(e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-21)
公証人法1条・26条・36条・37条・40条・48条
公証人手数料令9条・13条・25条・別表
民事訴訟法275条
民法152条・169条・308条の2・465条の6
最大判昭和41年4月20日・民集20巻4号702頁