問題提起
弁護士に事件を依頼するときには、委任契約書に署名(記名押印)を求められる。書面には法律用語や計算式が並び、その場で全部を理解するのは難しい。しかし、委任契約書は、依頼者が弁護士に何を頼み、いくら払うのかを決める大切な書面である。署名の後で「こんなはずではなかった」とならないよう、読むべき箇所を知っておきたい。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
弁護士に事件を依頼するときには、委任契約書に署名(記名押印)を求められる。書面には法律用語や計算式が並び、その場で全部を理解するのは難しい。しかし、委任契約書は、依頼者が弁護士に何を頼み、いくら払うのかを決める大切な書面である。署名の後で「こんなはずではなかった」とならないよう、読むべき箇所を知っておきたい。
弁護士等は、法律事務を受任するに際し、弁護士等の報酬及びその他の費用について説明しなければならない。
2 弁護士等は、法律事務を受任したときは、弁護士等の報酬に関する事項を含む委任契約書を作成しなければならない。ただし、委任契約書を作成することに困難な事由があるときは、その事由がやんだ後、これを作成する。
3 前項の規定にかかわらず、受任した法律事務が、法律相談、簡易な書面の作成又は顧問契約等継続的な契約に基づくものであるときその他合理的な理由があるときは、委任契約書の作成を要しない。
4 第二項の規定により作成する委任契約書には、受任する法律事務の表示及び範囲、弁護士等の報酬の種類、金額、算定方法及び支払時期、委任事務の終了に至るまで委任契約の解除ができる旨並びに委任契約が中途で終了した場合の清算方法を記載しなければならない。弁護士の報酬に関する規程5条。「弁護士等」は弁護士と弁護士法人をいう(e-Gov法令検索で原文確認)
弁護士職務基本規程30条も、弁護士は、事件を受任するに当たり、弁護士報酬に関する事項を含む委任契約書を作らなければならないとし、法律相談、簡易な書面の作成、顧問契約その他継続的な契約に基づく事件など合理的な理由があるときは作らなくてよいとしている。
① 受任する法律事務の表示と範囲。 どの事件の、どの手続(交渉・調停・訴訟など)を頼むのかが書かれる。
② 弁護士報酬の種類・金額・算定方法・支払時期。 着手金・報酬金・手数料・日当など、どの種類の報酬を、いくら、どのように計算して、いつ払うのかが書かれる。
③ 委任事務が終わるまで委任契約を解除できること。 依頼者も弁護士も、委任契約をいつでも解除できる(民法651条1項)。その旨が書かれる。ただし、相手方に不利な時期に解除した場合などは、やむを得ない事由があるときを除き、損害賠償が問題になる(同条2項)。委任が終わった後も、急迫の事情があるときは、弁護士は依頼者の側で対応できるようになるまで必要な処分をしなければならない(民法654条)。
④ 委任契約が途中で終了した場合の清算方法。 解除などで途中で終わった場合に、受け取った着手金や預り金をどう清算するのかが書かれる。
⑤ 実費の扱い。 弁護士報酬とは別に、印紙代・郵便代・交通費などの実費がかかる。実費の預り方や精算の方法が書かれていることが多い。
1. 弁護士が、事件の見通し、処理の方法、弁護士報酬と費用を説明する(弁護士職務基本規程29条1項)。
2. 弁護士が委任契約書の案を示す。依頼者は、範囲・報酬・清算方法などの箇所を読む。
3. 依頼者が、分からない点や計算方法を弁護士に尋ね、説明を受ける。
4. 内容に納得したら、依頼者と弁護士が委任契約書に署名(記名押印)し、それぞれ1通ずつ保管する。
5. 依頼者が、委任契約書に書かれた支払時期に従って着手金や実費を支払う。
実務の視点 委任契約書は、後で費用や範囲をめぐって行き違いが起きたときの一番の手がかりになる。署名した委任契約書の写しを、受け取った領収書や預り証と一緒に保管しておくとよい。報酬金の計算に使う「経済的利益」の考え方を、具体的な数字の例で説明してもらうと理解しやすい。
① 報酬金の計算の基準を確かめる。 報酬金は、事件で得られた結果(経済的利益)を基準に計算されることが多い。何を経済的利益とするのか(請求した額か、判決・和解などで認められた額か、実際に回収した額か、支払を免れた額か)で金額が大きく変わる。認められた額を基準とする契約では、実際には回収できなくても報酬金が発生することがあるため、発生の条件と支払の時期も確かめる。
② 範囲の外は別の依頼になりうる。 交渉だけを頼んだ場合、調停や訴訟に進むときには、改めて委任契約を結び、追加の着手金がかかることがある。控訴や強制執行も同様である。
③ 途中でやめた場合の着手金。 委任契約が途中で終了した場合に着手金がどう扱われるかは、委任契約書の清算方法の定めと、それまでの事務の進み具合によって決まる。「着手金は返さない」と一律に決まっているわけではないが、返ってくるとも限らない。
④ 見積書を求めることができる。 弁護士・弁護士法人は、法律事務を依頼しようとする者から申出があったときは、その法律事務の内容に応じた報酬見積書の作成と交付に努めるとされている(弁護士の報酬に関する規程4条)。複数の事務所を比べるときや家族と相談するときは、見積書を求めるとよい。
⑤ 費用倒れの可能性も確かめる。 得られる見込みの利益と費用を比べ、勝っても回収できない可能性があるかを尋ねる。
⑥ 署名の有無だけで決まるわけではない。 委任契約は、書面がなくても依頼と承諾があれば成立しうる(民法522条2項・643条)。逆に、署名した条項がすべて当然に有効になるわけでもなく、依頼者が消費者である契約では、消費者契約法9条1項1号・10条による制限が問題になることもある。
⑦ 口頭の説明だけで終わらせない。 弁護士の報酬に関する規程は、委任契約書に一定の事項を書くことを求めている。説明の内容と委任契約書の記載が違う場合は、署名の前に直してもらう。
議論のある点 民法は、委任が途中で終わったとき、事務の処理に対する報酬は既にした履行の割合に応じて請求できるとし(648条3項)、成果に対する報酬については可分な成果によって依頼者が利益を受けるときにその割合に応じて請求できるとしている(648条の2第2項が準用する634条)。そのうえで、具体的に着手金のうちどれだけを返すべきか、報酬金の一部を請求できるかは、委任契約書の定め、終了の理由(依頼者の都合か、弁護士側の事情か)、それまでの事務の進み具合によって判断が分かれる(民法648条3項・648条の2参照。2020年4月1日より前に結ばれた委任契約には、改正前の民法が適用される〔平成29年法律第44号附則34条1項〕)。報酬の額が高すぎるかどうかも、事案の内容によって評価が分かれる。一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
・委任契約書の報酬金の計算方法が分からない、または説明と違う
・委任契約書を作らないまま事件が進んでいる
・途中で依頼をやめたいが、着手金の清算について説明がない
具体的な事案は、法律事務所、弁護士会の法律相談センターや法テラス等にご相談ください。弁護士との間で報酬などをめぐって紛争になったときは、弁護士会の紛議調停の制度を使える場合もあります。
委任契約書は、署名する前に読む。分からない点を残したまま署名しない。署名した後で疑問が生じたときは、早めに依頼した弁護士に説明を求める。契約書の検討や弁護士との話し合いをしている間も、時効や裁判の期限は止まらない。
委任契約書には、受任する法律事務の範囲、報酬の種類・金額・算定方法・支払時期、委任契約を解除できること、途中で終了した場合の清算方法が書かれる(弁護士の報酬に関する規程5条4項)。署名の前に、範囲・費用・報酬金の計算・清算方法の4点を読み、分からない点は説明を受けてから署名する。
出典
民法522条・634条・643条・648条・648条の2・651条・654条、消費者契約法9条・10条、民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則34条(e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-19)
弁護士職務基本規程26条・29条・30条(平成16年日本弁護士連合会会規第70号)
弁護士の報酬に関する規程4条・5条(平成16年日本弁護士連合会会規第68号)