問題提起
協議離婚では、養育費・財産分与・慰謝料などを夫婦の話し合いで決める。取り決めを当事者だけで作った書面(離婚協議書)は、合意の証拠にはなるが、それ自体は強制執行のための「債務名義」にならない。相手が払わなくなったときは、原則として、改めて調停・訴訟・支払督促などで支払を命じてもらう必要がある(2026年4月からの養育費の先取特権の例外は後述)。公正証書は、この手間を省くための手段として使われている。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
協議離婚では、養育費・財産分与・慰謝料などを夫婦の話し合いで決める。取り決めを当事者だけで作った書面(離婚協議書)は、合意の証拠にはなるが、それ自体は強制執行のための「債務名義」にならない。相手が払わなくなったときは、原則として、改めて調停・訴訟・支払督促などで支払を命じてもらう必要がある(2026年4月からの養育費の先取特権の例外は後述)。公正証書は、この手間を省くための手段として使われている。
強制執行は、次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。
五 金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載され、又は記録されているもの(以下「執行証書」という。)民事執行法22条5号(e-Gov法令検索で原文確認)
① 金銭の一定額の支払であること。 離婚の取り決めで主に問題になるのは、金額が特定された金銭の支払である。「毎月末日までに月額〇万円を支払う」「〇年〇月〇日までに〇万円を支払う」のように、金額と支払時期をはっきり書いておくことが大切。「相当額を支払う」「事情に応じて協議する」といった書き方では強制執行できない。
② 強制執行認諾文言があること。 支払う側が「直ちに強制執行に服する」と陳述した旨の記載が必要。この文言がない公正証書では強制執行できない。
③ 公証人が作成すること。 公証役場で公証人が作る。当事者が作った協議書に公証人の認証を受けただけの文書(私文書の認証)は、執行証書ではない。
④ 登記・面会交流・子の引渡しは対象外。 不動産の所有権移転登記、面会交流、子の引渡しなどは、執行証書による強制執行の対象にならない。家庭裁判所の調停で決めて調停調書にする方法もある(調停調書の記載は確定判決などと同じ効力を持つ=家事事件手続法268条1項)。ただし、調停調書にしても、実際に強制執行できるかは条項の具体性や執行の方法ごとの要件による。
養育費や婚姻費用のような扶養に関わるお金は、一般の借金より回収しやすい特例がある。
・一部の支払が遅れたら、まだ期限の来ていない将来分も含めて、給料など継続的に支払われるものを差し押さえる手続を始められる(民事執行法151条の2)。将来分を一括で取り立てられるわけではなく、各月の支払期ごとに取り立てる。
・給料の差押えは、通常は差押禁止の部分を除いた手取りの4分の1までのところ、原則として2分の1まで差し押さえられる(同法152条3項)。給料が高額な場合などは扱いが異なる。
・財産開示手続や、給与の情報(勤務先)の取得手続を申し立てると、それで分かった給与債権の差押えも同時に申し立てたものとみなされる仕組みがある(同法167条の17)。預金など見つかった財産すべてが自動的に差し押さえられるわけではない。
なお、2026年4月1日から、子の監護の費用(養育費など)の定期金には、法務省令で定める額の範囲で先取特権が認められ、公正証書などがなくても差押えを申し立てられる場合がある(民法306条3号・308条の2)。この先取特権は、施行日以後に生じた各期の分に適用され(令和6年法律第33号附則3条1項)、財産分与や慰謝料には付かない。省令の額を超える部分も含めて、判決などを得ずに強制執行できるようにするために、公正証書や調停調書にしておく意味は残る。ただし、どの方法でも、相手に差し押さえる財産がなければ回収できるとは限らない。詳しくは「養育費|取り決めを書面に残す方法」。
実務の視点 養育費は「子が満20歳に達する日の属する月まで」「大学に進学した場合は22歳に達した後の3月まで」のように終わりの時期を具体的に書き、振込先・支払日・遅れた場合の扱いも決めておくと、後の争いを防げる。
1. 夫婦で、養育費・財産分与・慰謝料・年金分割・面会交流などの内容を話し合う。合意した内容を箇条書きか協議書の形にまとめる。
2. 公証役場に連絡し、作成を依頼する。合意内容のメモ、本人確認書類、戸籍謄本、不動産を分ける場合は登記事項証明書など、必要な書類を確認する(公証役場により案内が異なる)。
3. 公証人が文案を作り、当事者が確認する。修正があれば、この段階で直す。
4. 作成の日に、当事者(または代理人)が公証役場に出向き、公証人の説明を受けて内容を確認し、署名する。公証人法の改正により、公証人が相当と認めれば、ウェブ会議の方法で手続をし、電子データで公正証書を作ることもできるようになっている。
5. 手数料を支払い、正本・謄本を受け取る。手数料は、公証人手数料令に基づき、取り決めた金額などに応じて決まる。
6. 支払が止まったら、公証人から執行文の付与を受け、公正証書の謄本などが相手に送達されていることを確かめたうえで(民事執行法29条)、裁判所に差押えを申し立てる。送達は、作成の時に一緒に手配することもできる。
① 公正証書は離婚届の代わりにはならない。 協議離婚は、離婚届を出して受理されることで成立する。公正証書を作っても、届を出さなければ離婚は成立しない。
② 離婚の成立が前提の取り決めには、追加の手続が要ることがある。 離婚前に公正証書を作った場合、養育費などの支払が離婚の成立を条件とするものと解されると、強制執行には、離婚が成立したことを示す戸籍謄本などを出して執行文を受け、その執行文と証明の書類の謄本も相手に送達する必要がある(民事執行法27条1項・29条)。どの取り決めが条件付きとされるかは条項による。作成の時期と書き方は、公証人や弁護士に確認する。
③ 一度署名すると、内容を変えるのは難しい。 養育費は事情が変われば家庭裁判所で増減を求められるが(民法766条3項)、財産分与や慰謝料の金額は、原則として合意した内容に拘束される。ただし、公正証書であっても、脅されて署名した場合などは効力を争う余地があるので、早めに弁護士に相談する。
④ 「清算条項」の意味を確かめる。 「本公正証書に定めるほか、名目を問わず何らの債権債務がない」という条項を入れると、書いていないものを後から請求できなくなるおそれがある。ただし、父母の間の清算条項で、子ども自身が持つ将来の扶養を受ける権利まで放棄させることはできない(扶養を受ける権利は処分できない=民法881条)。
⑤ 年金分割は書いただけでは終わらない。 合意分割は、公正証書に按分割合の合意を書いたうえで、年金事務所などで請求の手続が必要になる。一定の期間について相手の合意が要らない3号分割もある。
⑥ 未払いにも時効がある。 公正証書があっても、未払いの養育費などの各回の分は時効にかかりうる。滞納が続いたら早めに相談する。
なお、夫婦の間で住宅ローンを誰が払うかを決めても、それだけで金融機関に対する借主・保証人の責任は変わらない(「財産分与|住宅ローンが残る自宅をどう分けるか」)。
議論のある点 財産分与として不動産の名義を移す約束や、住宅ローンを誰が払うかの約束を公正証書に書いた場合、そのとおりにならなかったときの手当て(登記の手続、夫婦の間の清算)は、条項の書き方と事情で結論が変わる。また、面会交流の内容をどこまで細かく書くべきかも、親どうしの関係により判断が分かれる。一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
・相手が公正証書の作成に応じない、または内容で折り合わない
・住宅ローンの残る家や、将来の退職金を分ける約束をする
・養育費の金額や終わりの時期を決められない
・DV や脅し・経済的な支配があり、自由に話し合えない、署名を迫られている
・親権・監護・子との交流について、安全面の不安がある
・すでに公正証書があるのに支払が止まった
署名の前に、文案を弁護士に確認してもらうのがよい。公正証書は、署名すると内容を変えるのが難しい。支払が止まった場合は、未払いが積み重なる前に差押えの手続を検討する。
取り決めを強制執行認諾文言付きの公正証書にしておくと、支払が止まったときに裁判をせずに差押えができる。ただし対象はお金の支払に限られ、名義変更や面会交流は別の手当てが要る。署名する前に、内容と書き方を確かめる。
出典
民事執行法22条5号・27条1項・29条・151条の2・152条3項・167条の17/民法306条3号・308条の2・766条3項・768条・881条/家事事件手続法268条1項/令和6年法律第33号附則3条1項・4条/公証人法(e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-19)