問題提起
不貞の慰謝料を求められた人が、「交際相手から『妻(夫)とはもう終わっている、離婚の話も進んでいる』と聞いていた」と反論することは多い。また、実際に長く別居していた夫婦の一方と交際を始めた場合もある。婚姻関係がすでに壊れていたなら責任を負わないという判例の考え方と、それがどこまで認められるかを整理する。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
不貞の慰謝料を求められた人が、「交際相手から『妻(夫)とはもう終わっている、離婚の話も進んでいる』と聞いていた」と反論することは多い。また、実際に長く別居していた夫婦の一方と交際を始めた場合もある。婚姻関係がすでに壊れていたなら責任を負わないという判例の考え方と、それがどこまで認められるかを整理する。
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。民法709条(e-Gov法令検索で原文確認)
不貞の慰謝料は、他方の配偶者の「婚姻共同生活の平和を維持する」という利益を侵害したことに対する責任と考えられている。破綻の後は、この利益がないというのが判例の考え方である。
最高裁平成8年3月26日判決は、肉体関係を持った当時、婚姻関係がすでに破綻していたときは、特段の事情のない限り、不法行為責任を負わないとした。具体的に破綻していたかは事案ごとの判断で、裁判例・実務では、例えば次のような事情が検討される。
① 別居の有無と期間。 長く別居が続いていることは、破綻を示す有力な事情になる。ただし、単身赴任など夫婦関係と関係のない理由の別居は別に考える。
② 離婚の話し合いの具体性。 離婚に合意して条件を詰めていた、離婚届を書いていた、離婚調停を申し立てていた、などの事情。
③ 同居中の生活の実態。 同じ家にいても、食事・家計・寝室が完全に別で交流がない(家庭内別居)場合に破綻とされることもあるが、同居が続いていると破綻は認められにくい傾向にあるとされる。
④ 夫婦・家族の交流。 家族で旅行や行事に参加していた、連絡を取り合っていた、などの事情は、破綻を否定する方向に働く。
⑤ 修復の努力。 夫婦カウンセリングを受けていた、関係修復を話し合っていた、などの事情。
これらの事情が一つあるだけで決まるわけではない。一方だけの離婚の意思と、夫婦双方の離婚の合意は区別される。子どものための行事への参加や連絡、生活費の支払だけで破綻が否定されるものでもない。DV がある場合は、別居や連絡の背景にも注意が必要である。
実務の視点 破綻の主張は、交際相手から聞いた話だけでは足りず、客観的な事情で裏付ける必要がある。別居の時期が分かる住民票・賃貸借契約、離婚の話し合いのメッセージ、調停の申立書の控えなどが材料になる。請求する側は逆に、不貞の当時も家族として生活していたことを示す写真や記録を確かめる。
1. 慰謝料を求められたら、不貞の時期と、そのころの夫婦の状況(別居の時期、離婚の話し合いの有無)を整理する。
2. 破綻を裏付ける資料を、適法で安全な方法で集める(交際相手から入手できるものを含む)。他人の端末やアカウントへの無断アクセス、相手方の家に押しかけることなどはしない。
3. 書面で反論する(破綻していた・破綻していると信じた・金額が過大、など)。
4. 交渉で解決しなければ、訴訟で争う。訴訟では、不貞の当時の夫婦の状況が中心の争点になる。
① 「破綻していると聞いていた」だけでは足りないことが多い。 破綻していると信じたことに過失がないといえるかは、その説明を信じるのがもっともな事情があったかで判断される。既婚者の言い分をうのみにしただけでは、過失がないとはいいにくい。
② 問題になる不貞行為の当時に破綻していたかで判断する。 後から別居・破綻に至っても、それ以前の不貞についての責任はなくならない。関係が長く続いた場合は、時期ごとの夫婦関係と行為の経過を確かめる必要がある。
③ その不貞によって初めて破綻した場合は、その不貞について「すでに破綻していた」とはいえない。
④ 破綻に至らない不仲は、金額で考慮されうる。 もともと夫婦関係が悪化していたことは、慰謝料を減らす事情になることがある。
⑤ 配偶者自身の責任は別に考える。 不貞相手の責任が否定されても、配偶者どうしの離婚・慰謝料の問題は別に検討する。
議論のある点 どの程度の事情で「破綻」とみるかは、事案ごとの総合判断で、別居期間が短い場合や家庭内別居の場合は判断が分かれる。また、判例のいう「特段の事情」が何を指すか、破綻を信じたことの過失をどう評価するかも、事情により結論が変わる。一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
・慰謝料を求められたが、交際の前から相手夫婦は別居していた
・交際相手から「離婚の話が進んでいる」と聞いていた
・請求する側で、相手から「破綻していた」と反論された
・同居していたが家庭内別居だった、と主張されている
・破綻していたかどうかで、金額の交渉が止まっている
・裁判所から訴状や支払督促が届いた
・示談書への署名や支払の約束を求められている
・時効が近い、または相手から時効を主張された
請求を受けて回答する前、または請求する側なら相手に連絡する前に相談する。最初の書面で事実を認めたり否定したりすると、後の主張に影響する。裁判所から書類が届いた場合は、届いた日と対応の期限をすぐ確かめ、相談の予約待ちや交渉中でも放置しない。
不貞の当時に婚姻関係がすでに破綻していれば、特段の事情がない限り、不貞相手は慰謝料の責任を負わない。ただし、破綻は回復の見込みのない状態をいい、単なる不仲では足りない。別居や離婚協議などの客観的な事情で判断されるので、資料をそろえて検討する。全体の論点は「不貞の慰謝料|請求する側・される側の論点整理」を参照。
出典
民法709条・710条・724条・724条の2(e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-19)/平成29年法律第44号附則35条/最高裁平成8年3月26日判決(民集50巻4号993頁)/最高裁平成31年2月19日判決(民集73巻2号187頁)