問題提起
夫と別居したが、生活費を渡してもらえない。子どもと二人の生活が苦しい。離婚が決まるまでの間でも、夫婦には互いの生活を支える義務があり、生活費(婚姻費用)の分担を求めることができる。額の決め方と、いつから請求できるかを整理する。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
夫と別居したが、生活費を渡してもらえない。子どもと二人の生活が苦しい。離婚が決まるまでの間でも、夫婦には互いの生活を支える義務があり、生活費(婚姻費用)の分担を求めることができる。額の決め方と、いつから請求できるかを整理する。
夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。民法760条(e-Gov法令検索で原文確認)
夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。民法752条(e-Gov法令検索で原文確認)
①婚姻費用とは。夫婦と未成熟の子の生活費(衣食住の費用、医療費、子の教育費など)。「未成熟の子」は経済的に自立していない子をいい、18歳以上でも学生などで当たることがある。分担の義務は同居中にもあるが、別居中は別払いの額を決める形で問題になることが多い。離婚した後は、子の養育費の問題になる。
②算定表。家庭裁判所では、令和元年に改定された「標準算定方式・算定表」を使って目安を出すのが一般的である。支払う側(義務者)と受け取る側(権利者)の年収、給与か自営かの区別、子の人数と年齢から、一定の幅で月額が示される。どちらが支払う側になるかは、収入の多さだけでなく、どちらが子と暮らしているかなどにもよる。算定表は裁判所のウェブサイトで公開されている。給与所得者は源泉徴収票の「支払金額」、自営業者は確定申告書の所得を基に調整するのが一般的で、手取り額や売上高をそのまま当てはめると大きくずれる。子が4人以上の場合などは個別の計算が要る。
③算定表だけでは十分に反映されないことがある事情。標準的な教育費・医療費・住居費は算定方式に織り込まれている。私立学校の学費、特に高額な医療費、義務者が権利者の住む家の住宅ローンを払っている場合などは、すでに織り込まれた分との重なり、進学への合意、双方の収入などを踏まえて、調整するかが問題になる。
試算:このサイトの婚姻費用シミュレーター(試験運用中)で、標準算定方式による目安を計算できる(入力内容は送信されない)。あくまで目安であり、実際の額は個別の事情で変わる。
実務の視点 請求する側は、相手の収入が分かる資料(源泉徴収票・給与明細・確定申告書の写し)と、自分の収入資料、子の学費や医療費の資料を、適法に入手できる範囲でそろえる。相手の資料が手元になくても、請求や申立てを遅らせる必要はない(審判では裁判所が情報の開示を命じることができる)。支払を求めた日が分かるように、請求は内容証明郵便やメールなど記録の残る方法で行う。
①相手に婚姻費用を請求する(記録の残る方法で)。相手に直接請求していなくても、家庭裁判所に申し立てることはできる。暴力や脅しがある場合は直接の連絡を避け、代理人を通じた請求や、住所を知られないための手続について相談する → ②払われなければ、家庭裁判所に婚姻費用分担調停を申し立てる(相手方の住所地か合意した家庭裁判所。審判なら夫または妻の住所地。家事事件手続法245条1項・150条3号)→ ③調停で合意すれば調書に記載 → ④不成立なら審判に移り、裁判官が額を決める(同法272条4項)→ ⑤調停調書や、確定した審判に基づいて、払われなければ強制執行を申し立てられる。審判は不服申立て(即時抗告)の対象になるため、原則として確定を待つ。
審判の中で、家庭裁判所は当事者に収入や資産の状況の情報の開示を命じることができ、正当な理由なく開示しなかったり虚偽を開示したりすると10万円以下の過料の対象になる(同法152条の2第1項・3項)。調停にも準用されている(同法258条3項)。
生活費が尽きるなど、調停・審判の結論を待てない事情があるときは、審判前の保全処分(仮払い)を検討することがある。困窮していれば必ず認められるわけではないので、早めに相談する。離婚調停と同時に申し立てると、同じ期日で一緒に進められることが多い。
①過去の分。家庭裁判所は審判で過去にさかのぼって分担を定めることができる(最高裁昭和40年6月30日大法廷決定)。ただし、これから分担額を決める場合、実務上は、支払を求めた時(多くは調停の申立て時。それより前の内容証明やメールでの請求が認められることもある)からとされることが多い。別居した時からさかのぼって当然に認められるわけではない。一方、すでに合意・調停・審判で決まっている分の未払いは、改めて請求した時より前の分でも請求できる。
②いつまで。別居中の別払いは、通常、離婚するか、別居を解消するまで。離婚や同居の再開で、それまでの未払分が当然に消えるわけではない。
③時効。合意・調停・審判で決まった各月の支払を求める権利には時効がある。夫婦間の権利は、婚姻の解消の時から6か月を経過するまで時効が完成しない(民法159条)。未払いが続いているときは、早めに確認する。
④先取特権。婚姻費用の分担として支払期限の決まった定期金には、そのうち子の監護に要する費用として法務省令で定める額の範囲で、一般の先取特権がある(民法306条3号・308条の2第2号)。子のいない夫婦の生活費には及ばず、婚姻費用の全額が優先されるわけでもない。2026年4月1日より前に支払期が来た分には適用されないが、それより前の取り決めでも、同日以後に支払期が来る分には適用される(令和6年法律第33号附則3条1項)。この範囲では、先取特権の存在を証する文書(取り決めの書面など)を出せば、調停調書や確定した審判などを先に得なくても差押えを申し立てられる(民事執行法193条1項)。ただし、金額が決まっていない婚姻費用を算定表の額で差し押さえられるわけではない。
⑤家を出た側でも請求できる。別居を始めたのがどちらかで、当然に請求の可否が決まるわけではない(次の「議論のある点」を参照)。
議論のある点 次の点は、事情によって判断が分かれる。一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
①有責配偶者からの請求。不貞をして家を出たなど、別居の原因を主に作った側からの請求については、本人の生活費の分が認められない、または減らされることがあるとする扱いが多い。ただし、一緒に暮らす子の生活費の分は別に扱われる。どの程度の有責性があれば制限されるかは事案ごとに異なる。
②住宅ローンの扱い。義務者が権利者の住む家のローンを払っている場合や、義務者自身の住居費と二重になる場合に、算定表の額をどう調整するかは、計算の方法が分かれる。
③算定表の幅を超えるか。算定表の額によると著しく不公平になる特別な事情があるかは、事案ごとの判断になる。
④始期をいつとするか。請求時・調停申立て時・別居時など、さかのぼる始期の考え方には裁判例の違いがあると説明されている。
・別居したのに生活費が払われない、または一方的に減らされた
・家賃・食費・医療費などが足りず、調停・審判の結論を待てない
・暴力や脅しがあり、相手と直接やり取りするのが怖い
・相手が自営業や会社経営で、収入がはっきりしない
・住宅ローンの残る家に住み続けている(または相手が住んでいる)
・私立の学費や医療費など、特別な出費がある
・自分が別居の原因を作ったと言われている
・離婚が近いが、婚姻費用や未払分が解決していない
婚姻費用は、実務上、支払を求めた時からの分が認められることが多い。別居したらできるだけ早く、記録の残る方法で請求し、払われなければすぐに調停を申し立てる。相談が遅れるほど、受け取れない期間が長くなるおそれがある。すでに決まった分の未払いがあるときは、時効にも注意する。
別居中も、夫婦は収入などに応じて生活費(婚姻費用)を分担する。額は家庭裁判所の算定表で目安を出し、特別な事情があれば調整する。これから決める分は請求した時からとされることが多いので、別居したら早く請求し、払われなければ調停を申し立てることが大切である。すでに決まった分の未払いや、生活が立ち行かない場合は、早めに相談してほしい。
出典
民法159条・306条3号・308条の2・752条・760条/家事事件手続法150条3号・152条の2第1項・3項・245条1項・258条3項・272条4項/民事執行法193条1項/令和6年法律第33号附則3条1項(いずれも e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-18〜19)/最高裁昭和40年6月30日大法廷決定(民集19巻4号1114頁)