問題提起
結婚の約束をして、式場を予約し、両家の顔合わせも済ませたのに、相手から突然「結婚できない」と言われる。気持ちの傷だけでなく、キャンセル料や新居の費用、仕事を辞めたことによる収入の減少も残る。法律は、婚約の破棄をどこまで責任の問題として扱うのかを整理する。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
結婚の約束をして、式場を予約し、両家の顔合わせも済ませたのに、相手から突然「結婚できない」と言われる。気持ちの傷だけでなく、キャンセル料や新居の費用、仕事を辞めたことによる収入の減少も残る。法律は、婚約の破棄をどこまで責任の問題として扱うのかを整理する。
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。(後略)民法415条1項(e-Gov法令検索で原文確認)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。民法709条(e-Gov法令検索で原文確認)
婚約そのものを定めた条文はない。婚約の不当な破棄の責任は、婚約という合意の不履行(415条)、または不法行為(709条・710条)として構成されると説明されている。一方を自由に選ぶというより、それぞれの要件を満たすかを検討し、両方が成り立つこともある。
① 婚約が成立していること。 将来結婚するという真剣で確実な合意があったこと。口約束でも成立しうるが、単なる交際中の言葉では足りないとされる。結納、婚約指輪、両家への紹介、式場の予約、同居や新居の準備などは、成立を示す事情になる。
② 破棄に正当な理由がないこと。 相手の不貞、暴力、重大な事情(多額の借金、既婚であることなど)の隠匿、ひどい侮辱などは、破棄の正当な理由と認められやすいとされる。反対に、単に気持ちが冷めた、親が反対した、年回りや出身による差別的な理由などは、正当な理由とされにくい。
③ 損害。 精神的苦痛(慰謝料)と、婚約を前提に支出した費用など。
実務の視点 婚約の成立を示すために、指輪の購入の記録、式場の予約書・キャンセル料の請求書、顔合わせの写真、結婚の話をしたメッセージなどを残しておく。費用は領収書で一つずつ示せるようにする。
1. 慰謝料。 婚約の期間、破棄の理由と態様、交際の経緯、妊娠の有無などを考慮して決められる。結婚後の離婚の慰謝料との釣り合いも考慮されることがある。
2. 結婚の準備費用。 結婚式場・披露宴のキャンセル料、新婚旅行のキャンセル料、新居の契約費用、家具・家電の購入費など。ただし、不当な破棄との因果関係、支出の必要性、返金や転売・転用ができるか、誰が実際に負担したか(親が払った費用が当然に本人の損害になるわけではない)などで、認められる範囲は限られる。契約上の請求では、通常生ずべき損害などに限られる(民法416条)。式場などとの契約上の支払義務は、婚約者どうしで誰が最終的に負担するかとは別の問題である。
3. 仕事を辞めたことによる損失。 結婚のために退職した場合の収入の減少が損害として認められることがあるが、退職の経緯、相手が知っていたか、再就職の見込みなどにより、期間や額は限られる。
4. 弁護士費用の一部。 不法行為として訴訟で請求する場合に、認められた額の一部が加えられることがある。
1. 婚約の成立と破棄の経緯、支出した費用を整理し、証拠をそろえる。
2. 相手に書面で請求する。
3. 交渉で金額・支払方法を話し合う。結納・指輪の扱いも合わせて決める。
4. 合意できなければ、婚約者どうしの争いは家庭に関する事件として、原則としてまず家庭裁判所に家事調停を申し立てる(家事事件手続法244条・257条1項)。調停を経ずに訴えると、原則として調停に付される(同条2項)。調停が成立しなければ、請求額などに応じて地方裁判所・簡易裁判所に訴えを起こす。第三者への請求など、内容によって扱いが違うこともある。
① 結婚を強制することはできない。 婚約していても、裁判で「結婚せよ」と命じてもらうことはできない。問題になるのは、損害賠償や結納などの返還といった、お金・財産の請求である。
② 先に「別れよう」と言った側が必ず責任を負うわけではない。 破棄に至った原因がどちらにあるか、双方の言動を総合して判断される。相手の行為が原因で破棄を申し出た場合は、申し出た側に責任がないとされることがある。
③ 結納や指輪の返還。 結納は、結婚の成立を前提とする贈与と解されており、婚約が解消されれば返還が問題になる。ただし、婚姻届がなくても実質的な夫婦の共同生活に入っていれば目的を達したとされることがあり、破棄に責任のある側から返還を求めることは制限されることがあると説明されている。婚約指輪は、贈った趣旨や返す約束の有無で扱いが争われる。損害賠償の責任がないことと、返す義務がないことは同じではない。
④ 相手が既婚者だった場合。 配偶者のいる人との婚約は、一般に法的な保護が制限されるとされる(既存の婚姻が実質的に破綻していた場合などは評価が異なりうる)。それとは別に、独身だと偽った行為などについて、不法行為として損害賠償を求められることがある。
⑤ 第三者の責任。 婚約者の一方と交際・関係を持ったというだけで、当然に第三者の責任が生じるわけではない。婚約を知っていたか、行為の態様、婚約関係の状況、破棄や損害との因果関係などから、婚約を不当に妨害したといえる場合に責任を問われることがある。
議論のある点 婚約の不当な破棄に責任が生じること自体は確立しているが、婚約が成立していたか(特に指輪や顔合わせなどの外形が乏しい場合)、破棄に正当な理由があったか、どこまでの費用・収入の減少を損害とみるか、慰謝料の額は、いずれも事案ごとの判断で、裁判例にも幅がある。また、請求を契約の不履行と不法行為のどちらで構成するかで、時効などの扱いが変わりうる。一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
・式場の予約や新居の契約後に、一方的に婚約を破棄された
・結婚のために仕事を辞めた、または転居した
・相手が既婚者だったと分かった
・自分から婚約を解消したいが、相手から慰謝料を求められている
・結納や指輪の返還でもめている
・暴力・脅し・つきまといがあり、安全に別れ話ができない(直接伝える前に、警察・相談機関・弁護士に安全の確保を相談する)
・すでに夫婦同様の共同生活をしている(内縁の解消として扱う場合がある=「内縁の解消|財産分与を求められるか」)
・妊娠・出産など子どもが関係している(認知・養育費などを別に考える)
破棄を告げられたら、証拠が手元にあるうちに相談する。時効の期間も意識する。自分から解消を考えている場合は、伝える前に、理由と伝え方を相談しておくとよい。
婚約は合意で成立し、正当な理由なく破棄すれば、慰謝料や結婚準備の費用などの損害賠償の責任が生じうる。婚約の成立、破棄の理由、損害の範囲は事案ごとに判断されるので、証拠をそろえて早めに相談する。
出典
民法150条・166条1項・167条・415条・416条・709条・710条・724条・724条の2(e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-19)/平成29年法律第44号附則10条/家事事件手続法244条・257条/最高裁昭和38年9月5日判決(民集17巻8号942頁)