問題提起
専業主婦として家事と子育てをしていたが、事故のけがで家事が思うようにできなくなった。保険会社からは「収入がないので休業損害はありません」「1日あたり定額です」と言われた。家事は家族を支える大切な仕事であり、法律上もその価値が認められている。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
専業主婦として家事と子育てをしていたが、事故のけがで家事が思うようにできなくなった。保険会社からは「収入がないので休業損害はありません」「1日あたり定額です」と言われた。家事は家族を支える大切な仕事であり、法律上もその価値が認められている。
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。民法709条(e-Gov法令検索で原文確認)
他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。民法710条(e-Gov法令検索で原文確認)
休業損害は、709条の「これによって生じた損害」のうち、けがのために働けなかったことによる財産上の損害である。家事労働については、条文に直接の定めはなく、判例と実務で扱いが固まっている。
① 家事従事者であること。 家族など他の人のために家事をしている人をいい、性別や年齢、法律上の婚姻の有無は問わない。事故の前にどのような家事を、どの程度担っていたかで判断される。一人暮らしで自分のためだけに家事をしている場合は、他人のための労働とはいえないとして、原則として家事の休業損害は認められないと扱われている。ただし、けがのために家事の援助を頼む必要があった場合は、その費用が必要かつ相当な範囲で別の損害として認められることがある。
② 家事労働の価値。 最高裁は、事故で亡くなった主婦について、家事に専念する期間も財産上の損害が生じないとはいえないとし、女子雇傭労働者の平均的賃金に相当する収益を挙げるものと推定するのが適当であるとした(最判昭和49年7月19日・民集28巻5号872頁)。これは亡くなった場合の逸失利益についての判断だが、けがの休業損害でも同じ考え方で、賃金センサスの女性労働者の平均賃金(学歴計・全年齢)を基礎にすることが多い。
③ 対象の期間と割合。 休業損害の対象は、治るか症状固定になるまでの間で、けがのために家事が制限された相当な期間である。入院中は家事が全くできなかったとして扱われることが多い。通院期間は、けがの内容、家事への支障の程度、回復の経過に応じて、期間を区切って割合を決める(はじめは高く、だんだん低くする)方法がよく使われる。症状固定の後も家事の能力の低下が残る場合は、後遺障害の逸失利益として検討する。
④ 兼業の場合。 パートなどの収入がある場合は、実際の収入と平均賃金を比べて高い方を基礎にするのが通例で、両方を足すことは原則として認められていない。これは計算の出発点で、実際の仕事の休み方や家事への支障を踏まえて、休業の割合と期間を判断する。
1. 被害者は、家族構成と、事故前にしていた家事の内容(炊事・洗濯・掃除・買物・子どもの世話・介護など)を整理する。
2. 被害者は、けがのためにできなかった家事、家族や外部に頼んだ家事を、時期ごとに記録する。
3. 被害者は、主治医の診断書・カルテで、けがの内容と回復の経過を確かめる。
4. 被害者は、保険会社の提示が、自賠責保険の支払基準によるものか、任意保険会社独自の計算によるものか、裁判の実務の考え方によるものかを確かめ、基礎収入・日額・休業の割合・期間の内訳を比べる。
5. 合意できなければ、被害者は紛争解決機関(ADR)への申立てや訴訟を検討する。
実務の視点 家事ができなかった状況は、後から説明しようとしても具体的に思い出しにくい。家族に手伝ってもらったこと、家事代行や宅配を頼んだこと、子どもの送迎を誰がしたかなどを、日記やメモで残しておくと資料になる。家事代行の費用を払った場合は、領収書を保管する。
① 収入がなくても請求できる。 「無職だから休業損害はない」とは限らない。家族などのために家事をしていれば、家事従事者として請求できる。
② 自賠責保険の基準は低めで、枠もある。 自賠責保険の支払基準では、家事従事者も休業損害の対象とされ、原則として定められた日額で計算される(資料によって実際の損害がそれを超えると認められる場合の扱いもある)。裁判の実務の考え方より低くなることが多い。また、自賠責保険の傷害部分は、治療費や慰謝料なども含めて被害者1人120万円が限度で、それを超える分は加害者に請求する。
③ 通院した日数だけが基準ではない。 家事への支障は通院日以外にも続くので、裁判の実務では通院日数だけでなく期間全体の支障の程度で考えることが多い。
④ 家族が代わりに家事をしても請求できる。 家族が無償で家事を代わってくれたからといって、家事の休業損害が否定されるわけではない。家事代行の費用を払った場合は、その必要性・相当性が検討されるが、同じ家事について休業損害と二重に補償されるわけではない。
⑤ 高齢の家事従事者の場合。 高齢の方の場合は、家事の内容や家族の状況に応じて、平均賃金より低い額を基礎にすることもある。
議論のある点 基礎収入をどの統計の額にするか(年齢別にするか、減額するか)、休業の割合と期間をどう決めるか、兼業の場合や男性・高齢の家事従事者の扱いは、事案ごとに判断が分かれる。むち打ちなど症状が軽めのけがでは、どこまで家事に支障があったかが争われやすい。一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
・保険会社から、収入がないので休業損害はないと言われた
・提示された1日あたりの額や日数に納得できない
・パートの収入と家事の両方がある
・家族の介護や子育てをしていた
・けがが重く、家事への支障が長く続いている、症状固定後も支障が残っている
・治療費の支払を打ち切られた、事故から時間がたって時効が心配だ
具体的な事案は、法律事務所、弁護士会の法律相談センターや法テラス等にご相談ください。
けがの治療中から家事の支障の記録を残し、休業損害を否定されたときや支払を打ち切られたときは、示談の提示を待たずに相談するとよい。遅くとも示談の内容を承諾する前に相談する。示談は、署名しなくても電話やメールで承諾すれば成立することがある。
家族などのために家事をしている人は、収入がなくても、けがで家事ができなかった分を休業損害として請求できる。裁判の実務では、女性労働者の平均賃金を基礎に、けがの経過に応じた割合で計算することが多い。保険会社の提示がどの基準によるかを確かめ、家事の支障を記録に残して、示談の前に弁護士に相談するとよい。
出典
民法709条・710条・724条・724条の2/自動車損害賠償保障法16条1項・19条(いずれも e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-19)/最判昭和49年7月19日(昭和44年(オ)第594号)民集28巻5号872頁