問題提起
突然の事故で家族を失い、悲しみの中で、葬儀や相続の手続、保険会社との対応が一度に押し寄せる。保険会社から示された金額が妥当なのか、誰が受け取るのか、何を請求できるのか。全体像を知っておくと、落ち着いて判断しやすくなる。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
突然の事故で家族を失い、悲しみの中で、葬儀や相続の手続、保険会社との対応が一度に押し寄せる。保険会社から示された金額が妥当なのか、誰が受け取るのか、何を請求できるのか。全体像を知っておくと、落ち着いて判断しやすくなる。
他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない。民法711条(e-Gov法令検索で原文確認)
相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。民法896条(e-Gov法令検索で原文確認)
区分|主な項目
亡くなった本人の損害(相続人が相続して請求)|死亡までの治療費・入院費、休業損害、死亡逸失利益、本人の慰謝料
遺族自身の損害(各遺族が請求)|近親者の慰謝料、葬儀費用(実際に負担した人)、相続人でない遺族が扶養を受けられなくなった損害など
その他|裁判の場合の弁護士費用の一部、遅延損害金
① 本人の慰謝料の相続。 最高裁は、慰謝料請求権は、被害者が生前に請求の意思を表明しなくても相続の対象になるとした(最大判昭和42年11月1日・民集21巻9号2249頁)。
② 死亡逸失利益。 亡くなった人が生きていれば得られたはずの収入(給与などのほか、家事労働の価値や一定の年金なども含まれうる)から、本人の生活費に当たる分を差し引き、収入を得られたはずの期間に応じて計算する。将来の収入を一度に受け取るため、将来までの利息に当たる分(中間利息)を差し引く。その計算に使う利率は、損害賠償の請求権が生じた時点の法定利率による(民法417条の2・722条1項)。法定利率は2020年4月1日から年3パーセントで、3年ごとに見直される(民法404条)。2020年4月1日より前に生じた請求権には417条の2は適用されず(平成29年法律第44号附則17条2項)、改正前の扱い(年5パーセント)が問題になる。
③ 近親者の慰謝料。 民法711条は父母・配偶者・子を定める。これ以外の人(兄弟姉妹や内縁の配偶者など)でも、亡くなった人との関係によっては、同条の類推適用などにより慰謝料が認められることがあると解されている。
④ 相続の割合。 相続される損害賠償請求権は、原則として相続人が法定相続分に応じて引き継ぐ(民法900条)。兄弟姉妹も、子や直系尊属がいない場合などには相続人になる。相続人でない遺族(内縁の配偶者など)は、扶養を受けられなくなった損害などとして請求する余地がある。近親者の慰謝料など遺族自身の損害は、それぞれの遺族に帰属し、相続分で分けるものではない。扶養を受けられなくなった損害と、相続人が相続する死亡逸失利益は、同じ将来の収入をもとにする部分があるので、単純に足し合わせられるわけではない。
⑤ 自賠責保険。 自賠責保険は、自動車の運行供用者が「他人」の死傷について賠償責任を負う場合のための保険で、運転者自身の単独事故などは対象にならない。対象となる事故では、死亡による損害の限度額は被害者1人につき3,000万円、死亡に至るまでの傷害による損害は120万円(自賠法施行令2条1項1号)。遺族ごとの枠ではない。損害賠償額が決まる前でも、遺族は仮渡金として290万円を請求できる(自賠法17条1項・同施行令5条1号)。仮渡金は後で決まる支払額に充てられるが、最終的に支払われるべき額を超えた場合は、保険会社から超えた分の返還を求められる(自賠法17条3項)。
1. 遺族は、相続人が誰かを戸籍で確かめる。代表者を決めて保険会社との窓口にすることが多いが、示談や受取りについて代表者に任せる場合は、各相続人と、相続人でなくても自分の慰謝料を請求できる遺族(父母など)それぞれからの委任を確かめる。相続人に未成年者がいる場合は、親と子の利益が対立するときに特別代理人が必要になることがあるので、示談の前に確かめる。
2. 遺族は、交通事故証明書、死亡診断書(死体検案書)、戸籍謄本、葬儀費用の領収書、亡くなった人の収入の資料(源泉徴収票・確定申告書など)をそろえる。
3. 当座の費用が必要なら、遺族は自賠責保険会社に仮渡金を請求する。ただし、相続放棄を考えている場合は、請求・受領が相続放棄に影響しないかを先に確かめる。
4. 遺族は、刑事手続の記録(実況見分調書など)で事故の状況を確かめる。
5. 遺族は、損害の全体を計算し、保険会社と話し合う。損害の合計がそのまま受け取る額になるとは限らず、過失相殺や既払金、遺族年金などとの調整がある。合意できなければ、紛争解決機関(ADR)への申立てや訴訟を検討する。
6. 遺族は、受け取った賠償金のうち、相続した部分と各遺族自身の部分を区別して整理する。
実務の視点 死亡事故では、加害者の刑事裁判が並行して進むことが多い。被害者参加制度などで刑事裁判に関わることもできる。刑事裁判の前後で、加害者側から示談の申入れや謝罪の申出が来ることがあるが、刑事の処分に影響しうるので、応じる前に内容を確かめる。
① 遺族年金などとの関係。 遺族が受け取る遺族年金や労災の遺族補償などは、同じ性質の損害を埋める範囲で、その給付を受ける人の損害賠償から差し引かれることがある(給付を受けない他の相続人の分から差し引かれるわけではない)。仕事中・通勤中の事故では、労災保険の遺族の給付を別に請求でき、示談の内容によってはその給付が制限されることがあるので、示談の前に確かめる。支給が確定していない将来の年金を当然に全部差し引くわけではなく、慰謝料から差し引くものでもない。労災の特別支給金や生命保険金は、原則として差し引かれないと解されている。
② 葬儀費用は相当な範囲。 事故によって必要となった葬儀費用のうち、社会通念上相当な範囲が賠償の対象になり、支出の全額が当然に認められるわけではない。実際に費用を負担した人の損害として扱われるのが通例である。
③ 相続放棄との関係。 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、家庭裁判所に申述して相続放棄をすることができる(民法915条1項・938条)。相続放棄をすると、相続される損害(本人の慰謝料・逸失利益など)は請求できなくなるが、近親者の慰謝料など遺族自身の損害は請求できると解されている。一方、相続した賠償請求権を示談で処分したり、賠償金や仮渡金を受け取ったり(取立て・受領自体が処分に当たることがある)、受け取ったお金を使ったりすると、単純承認をしたとみなされ(民法921条)、相続放棄ができなくなるおそれがある。相続人などの利害関係人が請求すれば、家庭裁判所は3か月の期間を伸長することができる(民法915条1項ただし書。伸長するかどうかと伸長する期間は家庭裁判所が判断する)。亡くなった人に借金がある場合は、示談の前に慎重に考える必要がある。
④ 時効の期間。 人の生命を害する不法行為の損害賠償請求権は、損害及び加害者を知った時から5年(民法724条の2)、不法行為の時から20年(民法724条2号)で時効にかかる。亡くなった人が生前にもっていた請求権(死亡までの治療費など)の時効は、相続人が引き継いだ後もそのまま進む。自賠責保険への請求権は、損害及び保有者を知った時から3年(自賠法19条)。5年の期間は2020年4月1日施行の改正で設けられたもので、施行の際に改正前の3年の時効がすでに完成していた場合には適用されず(平成29年法律第44号附則35条2項)、改正前の20年の期間がすでに経過していた場合は改正前の規定による(同附則35条1項)。
議論のある点 死亡逸失利益の基礎収入(若年者・無職者・高齢者の場合)、生活費控除の割合、慰謝料の総額と遺族間の配分、兄弟姉妹や内縁の配偶者の請求、遺族年金などの差し引きの範囲は、事案によって判断が分かれる。相続放棄や未成年の相続人がいる場合の手続も、慎重な判断が必要になる。一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
・保険会社から示談の提示を受けたが、妥当か分からない
・相続人が複数いて、受け取り方や分け方で意見が分かれている
・亡くなった人に借金があり、相続放棄を考えている
・相続人に未成年者がいる
・内縁の配偶者や兄弟姉妹など、相続人に当たるか、請求できるか分からない遺族がいる
・加害者の刑事裁判への関わり方を知りたい
具体的な事案は、法律事務所、弁護士会の法律相談センターや法テラス等にご相談ください。
亡くなった人に借金がある場合や相続放棄を考えている場合は、相続放棄の期間(自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月)があるので、四十九日や示談の提示を待たずに、できるだけ早く相談するとよい。それ以外の場合も、遅くとも示談に応じる前に相談する。
死亡事故の損害は、亡くなった本人の損害を相続するものと、遺族自身の損害に分かれる。本人の慰謝料も相続され、父母・配偶者・子には固有の慰謝料が認められる。自賠責保険の限度額は被害者1人3,000万円で仮渡金もある。相続や相続放棄とも関わるので、早めに弁護士に相談するとよい。
出典
民法404条・417条の2・711条・722条1項・724条・724条の2・896条・900条・915条1項・921条・938条/平成29年法律第44号附則17条2項・35条/自動車損害賠償保障法17条・19条/同法施行令2条・5条(いずれも e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-19)/最大判昭和42年11月1日(昭和38年(オ)第1408号)民集21巻9号2249頁