問題提起
事故で愛車がへこんだ。修理工場の見積りは80万円なのに、保険会社からは「時価は50万円なので、それ以上は払えません」と言われた。修理して乗り続けたいのに、なぜ修理費を払ってもらえないのか。また、修理しても「事故車」として売るときの値段が下がるのではないか。物損の賠償には、独特の考え方がある。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
事故で愛車がへこんだ。修理工場の見積りは80万円なのに、保険会社からは「時価は50万円なので、それ以上は払えません」と言われた。修理して乗り続けたいのに、なぜ修理費を払ってもらえないのか。また、修理しても「事故車」として売るときの値段が下がるのではないか。物損の賠償には、独特の考え方がある。
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。民法709条(e-Gov法令検索で原文確認)
不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。
二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。民法724条(e-Gov法令検索で原文確認)
物損には自賠責保険は使えない。自賠法3条の責任と自賠責保険は、人の生命・身体を害した場合(人身損害)に限られるからである。被害者は、物損について民法709条に基づいて加害者に請求し、加害者の任意保険(対物賠償保険)から支払われることが多い。
① 修理費。 修理で元に戻せる場合は、事故と関係があり、修理の範囲・方法・金額が必要かつ相当な修理費が損害になる。見積書に書いてあれば全額認められるわけではない。
② 経済的全損。 修理費が、事故当時の車の時価に相当な買替えの諸費用(登録の費用など。支出のすべてが認められるわけではない)を加えた額を超える場合は、原則として修理費ではなくその額が車両の損害の限度になると扱われている。物理的に修理できない場合(物理的全損)も同じである。これとは別に、必要かつ相当なレッカー代や代車費用なども損害になりうる。
③ 中古車の時価。 最高裁は、事故で損傷を受けた中古車の事故当時の取引価格は、原則として、同一の車種・年式・型、同程度の使用状態・走行距離等の自動車を中古車市場で取得するのに要する価額によって定めるべきとした。また、修理不能の場合のほか、フレームなど車体の本質的構造部分に重大な損傷が生じ、買替えが社会通念上相当と認められるときは、被害者は事故当時の価格と売却代金の差額を請求できるとした(最判昭和49年4月15日・民集28巻3号385頁)。
④ 格落ち(評価損)。 修理しても機能や外観に欠陥が残る場合や、事故歴によって市場での価値が下がる場合に問題になる。登録からの年数、走行距離、車種(人気車種・高級車など)、損傷の部位(骨格部分か)などを考え、認める場合は修理費の一定割合で計算されることが多い。修理費と評価損の合計が、買い替えた場合の損害額を超える場合は、買い替えた場合の損害額が限度とされることがある。全損として時価などの賠償を受ける場合に、評価損を別に加えることは通常できない。
⑤ 代車費用・休車損害。 修理や買替えの期間中に代わりの車を使う必要があれば、実際にかかった費用のうち、車のクラス・日額・期間が相当な範囲で代車費用が認められうる。営業用の車(タクシー・トラックなど)が使えず営業できなかった場合は、代わりの車がなかったことなどを前提に、休車損害が問題になる。
1. 被害者は、事故の状況と車の損傷を写真に残し、修理工場で見積りを取る。
2. 相手方の保険会社の損害調査の担当者(アジャスター)と修理工場が、修理の範囲と費用を協議することが多い。
3. 時価を超えると言われたら、被害者は、保険会社が示す時価の根拠(どの資料のどの額か)を確かめ、同じ条件の車の中古車市場での価格(販売サイトの情報など)を調べる。
4. 格落ちを請求するなら、被害者は、損傷の部位、車の登録年数・走行距離、査定の資料などをそろえる。
5. 被害者は、修理する場合は修理費と格落ち、全損の場合は時価と買替えの諸費用に、代車費用・レッカー代などを加えて請求し、過失割合とともに話し合う。全損の場合は、事故車を被害者が持ち続けるか、保険会社に引き渡すかで、残る価値の差し引き方が変わるので確かめる。
実務の視点 代車を使う場合は、相手方の保険会社に事前に、使う期間と車のクラスを確認し、合意した内容を書面やメールで残しておくとよい。修理が長引くと、代車の期間が相当かが争われやすい。また、廃車や売却をすると損傷の状態を後から確かめられなくなるので、損害額について合意する前に処分を急がない。
① 「時価までしか払えない」は経済的全損の話。 修理費が時価と買替えの諸費用の合計を下回るなら、必要かつ相当な修理費が損害になる。時価の評価が低すぎないかも確かめる。
② 格落ちは必ず認められるわけではない。 年数がたった車や、骨格部分に損傷がない場合は、認められないことも多い。
③ 物損では慰謝料は原則として認められない。 民法710条は財産権の侵害でも財産以外の損害を賠償すると定めているが、物損では、修理費などの賠償で精神的な苦痛も慰謝されると考えられ、特別な事情がない限り慰謝料は認められないのが通例である。
④ 保険の特約も確かめる。 自分の車両保険から保険金を受け取ると、その範囲で保険会社が相手方への請求権を引き継ぐので、同じ損害を二重に受け取ることはできない。また、法律上の賠償額とは別に、相手方の対物賠償保険に修理費が時価を超える部分を補う特約が付いていたり、自分の車両保険から修理費を受け取れたりすることがある。実際に修理することや期限内に修理することが条件になる場合があり、自分の車両保険を使うと翌年の保険料に影響することもあるので、修理や廃車を決める前に確かめる。
⑤ ローンやリースの車。 ローンで所有権が販売会社に残っている車やリース車では、誰がどの損害を請求できるか、修理や処分に誰の同意が要るかが問題になる。
⑥ 物損の示談の範囲。 物損だけ先に示談するときは、示談書の対象が物損に限られ、人身の損害の請求が残されているかを確かめる。物損について広い清算条項を入れると、まだ計上していない格落ちや追加の修理費も請求できなくなるおそれがある。過失割合について何を合意するのかも確かめる。
議論のある点 格落ちが認められるか、認める場合の額(修理費の何割か)、時価の評価、代車の期間とクラスは、裁判例でも判断が分かれ、車種・年式・損傷の程度によって結論が変わる。一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
・修理費が時価を超えるとして、修理費全額を払えないと言われた
・提示された時価が低すぎると感じる
・新しい車・高級車で、格落ちを請求したい
・代車の期間を打ち切られた、営業車が使えず損失が出ている
・損害額の合意前に、廃車や売却を求められている
・ローン・リースの車である、人身の損害もあり物損だけ先に示談するよう求められている
具体的な事案は、法律事務所、弁護士会の法律相談センターや法テラス等にご相談ください。
修理や廃車に入る前、全損の扱いを告げられた時点で相談するとよい。物損の時効は3年なので、人身の話し合いが長引く場合も物損の時効に注意する。
物損では、必要かつ相当な修理費が基本で、修理費が時価と買替えの諸費用の合計を超えるときはその額が限度になる。中古車の時価は同じ条件の車を中古車市場で買う価額で決まり、格落ちは事情によって認められることがある。物損の時効は3年と短いので、早めに資料をそろえ、弁護士に相談するとよい。
出典
民法709条・710条・724条/自動車損害賠償保障法3条(いずれも e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-19)/最判昭和49年4月15日(昭和48年(オ)第349号)民集28巻3号385頁