問題提起
交通事故でけがをして病院に行ったら、「交通事故は健康保険が使えないので自費です」と言われた。本当に使えないのか。使うにはどうすればよいのか。治療費を健康保険でまかなうときの仕組みと手続を整理する。この記事は主に、会社員などが入る健康保険と国民健康保険について説明する。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
交通事故でけがをして病院に行ったら、「交通事故は健康保険が使えないので自費です」と言われた。本当に使えないのか。使うにはどうすればよいのか。治療費を健康保険でまかなうときの仕組みと手続を整理する。この記事は主に、会社員などが入る健康保険と国民健康保険について説明する。
保険者は、給付事由が第三者の行為によって生じた場合において、保険給付を行ったときは、その給付の価額(略)の限度において、保険給付を受ける権利を有する者(略)が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。
2 前項の場合において、保険給付を受ける権利を有する者が第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、保険者は、その価額の限度において、保険給付を行う責めを免れる。健康保険法57条・一部省略(e-Gov法令検索で原文確認)
療養の給付に係る事由又は入院時食事療養費、入院時生活療養費若しくは保険外併用療養費の支給に係る事由が第三者の行為によって生じたものであるときは、被保険者は、遅滞なく、次に掲げる事項を記載した届書を保険者に提出しなければならない。
一 届出に係る事実
二 第三者の氏名及び住所又は居所(氏名又は住所若しくは居所が明らかでないときは、その旨)
三 被害の状況健康保険法施行規則65条(e-Gov法令検索で原文確認)
国民健康保険では、世帯主(または組合員)が、住所のある市町村(または組合)に「直ちに」届け出ることとされている(国民健康保険法施行規則32条の6)。保険者が損害賠償請求権を取得する仕組みも同じである(国民健康保険法64条)。
① 第三者の行為によるけがでも使える。 健康保険法には、他人の行為によるけがであることを理由に給付の対象から外す規定はなく、57条は、保険者が給付を行ったときの加害者への請求を定めている。ただし、保険診療として認められる治療であることなど、通常の給付の要件は同じように必要で、法律で定める給付の制限もある。
② 届出をする。 被保険者(国民健康保険では世帯主など)が、加入している保険者に、事故の事実、相手の氏名・住所(分からなければその旨)、被害の状況を書いた届書を出す(健康保険法施行規則65条、国民健康保険法施行規則32条の6)。家族(被扶養者)がけがをした場合も、加入先の案内に従って届け出る。一般に「第三者行為による傷病届」と呼ばれ、書式と添付書類(交通事故証明書など)は保険者ごとに定められている。相手が分からないひき逃げでも、その旨を書いて届け出る。第三者がかかわらない自損事故は、通常この届出の対象ではないが、同乗者のけがや、他の車の行為に誘発された事故などは対象になることがあるので、事故の状況を加入先に伝えて確かめる。
③ 届出と保険者の請求の関係。 届出は、保険者が事故の内容を確かめ、加害者側に請求するための手続である。保険者が損害賠償請求権を取得するのは、届出によってではなく、法律の定めにより保険給付を行ったことによる(健康保険法57条1項)。届出が遅れてしまった場合も、自分で使えないと決めつけず、加入先に連絡する。
④ 仕事中・通勤中の事故は、労災の対象かを確かめる。 同じけがについて労災保険などから相当する給付を受けられる場合は、健康保険の給付は行われない(健康保険法55条1項。国民健康保険は同法56条1項)。健康保険と労災保険を自由に選べるわけではなく、労災の請求をまだしていないことを理由に健康保険を選べるわけでもない。ただし、仕事中・通勤中の事故がすべて労災の対象になるとは限らず、働き方や事故の状況によって判断が分かれる。会社の役員や自営業者などは扱いが異なる。たとえば会社の役員としての業務によるけがは、健康保険の給付が制限される場合がある(健康保険法53条の2。例外もある)。労災の対象外でも必ず健康保険を使えるとは限らない。
⑤ 労災の請求は勤務先任せにしない。 労災保険の給付は、けがをした労働者本人などが請求するものである。勤務先に必要な証明や協力を求めるが、勤務先が協力しない、証明してくれないという場合も、それだけで請求できなくなるわけではないので、労働基準監督署に相談する。第三者による事故では、労災保険でも第三者の行為による災害の届出が要る。
実務の視点 病院の窓口では、最初に交通事故によるけがであることと、健康保険を使いたいことを伝える。健康保険を使うと、窓口では原則として自己負担分を支払う。健康保険を使うかどうか(保険診療か自由診療か)と、相手方の保険会社が治療費を病院に直接払う対応(いわゆる一括対応)をするかどうかは別の問題で、健康保険を使いながら、自己負担分を保険会社が病院に払うこともある。健康保険を使うのに、相手方の保険会社の同意は要らない。自分の過失が大きい事故や相手が任意保険に入っていない事故では、健康保険を使った方が治療費の総額を抑えられることがあるが、最終的な自己負担や賠償への影響は事情で変わる。加入している保険者の名前は、資格確認書や「資格情報のお知らせ」、マイナポータルの健康保険の資格情報などで確かめられる。領収書・明細は必ず保管する。
1. 医療機関で、交通事故によるけがであることと、健康保険を使うことを伝える。
2. 加入している保険者に速やかに連絡し、第三者行為による傷病届の書式と必要書類を確かめる。
3. 届書と必要書類(交通事故証明書、事故発生状況の報告書など保険者が求めるもの)を提出する。健康保険では「遅滞なく」、国民健康保険では「直ちに」提出することとされている。治療が一段落するまで待たない。交通事故証明書などがまだそろわないときも、連絡を後回しにせず、提出の仕方を加入先に確かめる。
4. 保険者は、給付の価額を限度に、給付に対応する損害について、加害者側に請求する(健康保険法57条1項)。実際に請求できる範囲は、相手の賠償責任や過失の割合などによって変わる。
5. 示談をする前に保険者へ連絡し、治療費の扱いを確かめる。
① 「交通事故は健康保険が使えない」は誤解。 他人の行為によるけがでも健康保険は使える。病院から使えないと言われたら、加入している保険者に相談する。
② 示談・賠償金の受取り・請求の放棄は分けて考える。 被害者が加害者から同じ事由について損害賠償を受けたときは、保険者はその限度で給付をしなくてよくなる(健康保険法57条2項)。ここでいう「同じ事由」は、治療費のように給付と対応する損害のことで、慰謝料などの賠償を受けたことで治療の給付がなくなるわけではない。示談金をまとめて受け取るときは、どの損害の支払かを確かめる。また、治療費の請求を放棄するような示談をすると、保険者の請求や今後の給付に問題が生じることがある。すでに保険者が取得した請求権を、被害者が自由に放棄することはできない。示談書に署名する前に保険者へ連絡し、治療中や後遺障害の見通しが立たないうちに「今後一切請求しない」といった条項に署名するときは、弁護士にも相談する。保険者への確認だけで、示談の内容全体が問題ないと分かるわけではない。
③ 保険者が取得するのは、給付に対応する部分。 保険者が取得するのは給付の価額を限度とする請求権で、慰謝料など給付と対応しない損害の請求権まで移るわけではない。
④ 一括対応の打切りと健康保険は別。 相手方の保険会社が治療費の支払を打ち切っても、それだけで健康保険が使えなくなったり、損害賠償の請求ができなくなったりするわけではない。治療を続ける必要があるかは医師に、保険の使い方は保険者に、賠償への影響は弁護士に相談する。
⑤ 後期高齢者医療制度の人。 後期高齢者医療制度にも、第三者の行為によるけがの請求の仕組みがある(高齢者の医療の確保に関する法律58条)。届出の窓口・書類・時期は、市区町村の担当窓口で確かめる。
・病院から健康保険の使用を断られた、すでに自費で払った
・自分にも過失がある、相手が任意保険に入っていない・連絡が取れない・分からない
・相手の保険会社から治療費の支払を打ち切ると言われた
・仕事中・通勤中の事故で、労災保険と健康保険のどちらになるか分からない、勤務先が労災扱いを拒む・証明してくれない
・労災の対象かもしれない事故で、すでに健康保険を使ってしまった、保険者から給付分の返還を求められた
・示談を持ちかけられたが、治療費や今後の通院の扱いが分からない、すでに示談書に署名した・賠償金を受け取った
届出は、健康保険では「遅滞なく」、国民健康保険では「直ちに」とされているので、健康保険を使うことになったら速やかに加入先に連絡する。示談の前、治療費の打切りを告げられたときも相談の目安になる。損害賠償の請求には時効があり(民法724条・724条の2)、話し合いを続けているだけでは、原則として時効は止まらない。請求の相手や種類、事故の時期などで確かめることが変わるので、期限に不安があるときは早めに弁護士に相談したい。
交通事故のけがでも健康保険は使える。他人の行為によるけがで使うときは、加入している保険者に第三者行為による傷病届を速やかに出す。保険者は給付の価額を限度に加害者側に請求するので、示談の前には保険者に連絡し、必要なら弁護士にも確かめる。仕事中・通勤中の事故で労災保険から相当する給付を受けられる場合は、健康保険の給付は行われない。
出典
健康保険法53条の2・55条1項・57条/健康保険法施行規則65条/国民健康保険法56条1項・64条/国民健康保険法施行規則32条の6/高齢者の医療の確保に関する法律58条/民法724条・724条の2(いずれも e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-18)