問題提起
むち打ちなどで通院を続けていると、相手方の保険会社から「事故から○か月たったので、治療費のお支払いは今月末で終了します」と連絡が来ることがある。まだ痛みが残っているのに通院をやめるべきか、自費で通うべきか、迷う人は多い。打切りの意味を知っておけば、あわてずに対応できる。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
むち打ちなどで通院を続けていると、相手方の保険会社から「事故から○か月たったので、治療費のお支払いは今月末で終了します」と連絡が来ることがある。まだ痛みが残っているのに通院をやめるべきか、自費で通うべきか、迷う人は多い。打切りの意味を知っておけば、あわてずに対応できる。
治療費は、加害者が被害者に支払うべき損害賠償の一部である。保険会社が治療費を払うのは、この賠償責任を前提にしている。
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。民法709条(e-Gov法令検索で原文確認)
第三条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生したときは、被害者は、政令で定めるところにより、保険会社に対し、保険金額の限度において、損害賠償額の支払をなすべきことを請求することができる。自動車損害賠償保障法16条1項。以下「自賠法」(e-Gov法令検索で原文確認)
① 賠償の対象になる治療費は、必要で相当な範囲のもの。 加害者が賠償すべき治療費は、事故と関係があり、内容・期間が必要かつ相当といえる範囲のものである。打切りの前か後かで決まるわけではない。
② 症状固定までの治療費が原則。 治療を続けてもそれ以上の改善が期待できず、症状が安定した状態(症状固定)になった後の治療費は、原則として賠償の対象にならないと扱われている。ただし、症状固定の後でも、症状の悪化を防ぐためなどに必要かつ相当と認められる治療費が、例外的に認められることがある(重い後遺障害に伴う治療はその一例)。症状固定の時期は、医師の判断を重視しつつ、けがの内容や治療の経過などから判断される。
③ 一括対応は保険会社の便宜。 一括対応を始めたことだけで、保険会社が将来にわたって支払を続ける義務を負うわけではないと解されている。そのため、打切り自体を止めさせることは難しいことが多い。もっとも、打切りによって、加害者の賠償責任がなくなるわけではない。
④ 自賠責保険の限度額。 被害者は加害車両の自賠責保険会社に直接、損害賠償額の支払を請求できる(被害者請求・自賠法16条1項)。傷害による損害の限度額は、加害車両1台の自賠責保険について被害者1人につき120万円で(自賠法施行令2条1項3号)、治療費だけでなく休業損害や慰謝料などもこの枠に含まれる。責任を負う車両が複数あれば、それぞれの自賠責保険に請求できる場合がある。一括対応で支払われた分がどれだけ自賠責保険で精算されているかによって、残りの枠は変わるので、保険会社に確かめる。
1. 保険会社から打切りを告げられたら、被害者は、いつまで支払うのか、理由は何かを確かめ、できれば書面やメールで残す。
2. 被害者は主治医に、治療を続ける必要があるか、見通しはどうかを相談する。必要があれば、その意見を診断書や意見書にしてもらうことを検討する。
3. 治療を続ける場合、被害者は病院に健康保険への切替えを申し出る。交通事故のけがで健康保険を使うときは、加入している健康保険に「第三者の行為による傷病」の届出が必要になる(記事「健康保険の使用|交通事故の治療で使うための届出」参照)。仕事中や通勤中の事故で労災保険の対象になる場合は、健康保険ではなく労災保険を使う(記事「労災保険の利用」参照)。自分や家族の自動車保険の人身傷害保険で治療費が支払われる場合もあるので、契約を確かめる。
4. 被害者は、立て替えた治療費の領収書を保管し、自賠責保険の枠が残っていれば被害者請求を検討し、最終的な示談や訴訟で加害者側に請求する。
5. 症状がよくならなくなったら、被害者は主治医と症状固定の時期を相談し、後遺障害の申請を検討する。
実務の視点 打切りの連絡は電話で来ることが多い。日時・担当者・言われた内容をメモしておくとよい。主治医には、痛みやしびれの具体的な様子、仕事や家事でできないことを、診察のたびに伝えておく。カルテの記載が、後で治療の必要性を示す資料になる。
① 打切り=治療終了ではない。 保険会社の支払の扱いが変わるだけで、被害者が治療をやめなければならないわけではない。保険会社の支払の終了、医師の症状固定の判断、実際の治療の終了は、それぞれ別のことである。
② 打切り後の治療費が認められるとは限らない。 後の示談や裁判では、事故から相当期間がたった後の治療が必要だったかが争われることがある。主治医の意見や治療の効果を示す記録が重要になる。
③ 自己判断で通院をやめると不利になることがある。 必要な治療を自己判断で中断すると、後遺障害の認定で症状が続いていたことを示しにくくなったり、治療の必要性が争われたりすることがある。ただし、中断しただけで請求できなくなるわけではない。費用や仕事の都合で通えない場合は、その事情を主治医に伝え、記録に残しておく。
④ 整骨院・接骨院だけの通院は注意。 医師の指示や同意のない施術は、必要性が争われやすい。整形外科など医師の診察も続けておく。
⑤ 示談書・確認書への署名に注意。 打切りの際に、追加の請求をしない旨の条項(清算条項)を含む示談書や免責証書への署名を求められることがある。署名すると、その後の治療費などを請求できなくなるおそれがある。健康保険や労災保険を使っている場合は、示談の内容によってその後の給付に影響することもあるので、署名の前に内容を確かめ、健康保険の保険者や労働基準監督署にも確認する。
議論のある点 むち打ちのように画像に異常が出にくいけがでは、どこまでの治療期間が必要で相当かが争われやすい。打切りが妥当か、症状固定の時期はいつか、打切り後の治療費や慰謝料がどこまで認められるかは、事故の態様、症状の経過、治療の内容、主治医の意見などで判断が分かれる。一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
・痛みやしびれが続いているのに、治療費の打切りを告げられた
・主治医はまだ治療が必要と言っているのに、保険会社が応じない
・打切り後の治療費を立て替えていて、負担が重い
・示談書・免責証書・症状固定の確認書などへの署名を求められた
・後遺障害の申請を考えている
・事故から時間がたち、時効が心配だ
具体的な事案は、法律事務所、弁護士会の法律相談センターや法テラス等にご相談ください。
打切りを告げられた時点で、通院をやめる前、また書類に署名する前に相談するのがよい。治療の続け方や記録の残し方で、後の後遺障害の申請や賠償額が変わることがある。
保険会社の治療費の打切りは、支払の扱いが変わるだけで、治療の終了や症状固定を意味しない。治療が必要なら健康保険などに切り替えて通院を続け、立て替えた費用を後で請求できる場合があるが、必ず認められるわけではない。主治医の意見を記録に残し、署名の前に弁護士に相談するとよい。
出典
民法709条/自動車損害賠償保障法16条1項/同法施行令2条1項3号(いずれも e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-19)