問題提起
事故で首を痛め、仕事を2か月休んだ。会社からは給料が出ず、有給休暇も使った。パートの主婦で、家事も思うようにできなかった。こうした「仕事を休んだ分」の損害(休業損害)は、働き方によって算出の方法と必要な資料が違う。整理する。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
事故で首を痛め、仕事を2か月休んだ。会社からは給料が出ず、有給休暇も使った。パートの主婦で、家事も思うようにできなかった。こうした「仕事を休んだ分」の損害(休業損害)は、働き方によって算出の方法と必要な資料が違う。整理する。
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。民法709条(e-Gov法令検索で原文確認)
休業損害は、事故によって生じた損害のうち、本来得られたはずの収入が得られなかった損害(消極損害)の一つとして請求する。算定の方法は条文には書かれておらず、裁判の実務で形づくられてきたものである。
基本の考え方:1日あたりの基礎収入 × 休業日数(治癒または症状固定まで)。症状固定の後の収入の減少は、主に後遺障害による逸失利益として考える。
①給与所得者。事故前の給与(よく使われるのは事故前3か月分)から1日あたりの額を出す。勤務先に「休業損害証明書」を作ってもらい、前年の源泉徴収票を添える。休業で賞与が減った場合は、賞与減額証明書などで損害として示す。事故によるけがのために有給休暇を使った日は、給料が減っていなくても、休業損害として認められるのが実務の扱いである(必要な日数や評価の額は個別に判断される)。
②自営業者・事業所得者。事故前年の確定申告書の所得を基に算出することが多い。休業中も支払わなければならない固定費(家賃、従業員の給料など)のうち、事業の維持に必要なものが加えられることがある。ただし、休業中の売上や、本人以外の人の働き、代わりの人の費用なども確かめ、二重に数えないよう計算する。申告していない収入は、帳簿・請求書・入出金の記録などで厳格に示す必要があり、認めてもらうのは難しい。
③家事従事者(主婦・主夫)。家族のために家事をしている人は、現金収入がなくても、家事ができなかった分を休業損害として請求できる。基礎収入は、国の賃金統計(賃金センサス)の女性労働者の全年齢平均賃金を使うのが一般的とされる。パートなどで収入がある兼業の場合は、実際の収入と平均賃金の高い方を使う扱いが多い。ただし、仕事の分と家事の分を別々に満額で足すことはできない。
④休業日数。実際に休んだ日のほか、通院のために仕事を休んだ日、完全には休まなくても働ける量が減った期間(割合で評価)が問題になる。通院した日だからといって、当然に1日分になるわけではない。
実務の視点 給与明細、出勤簿、休業損害証明書、源泉徴収票、確定申告書の控えなどを早めにそろえる。家事従事者は、家族構成や家事の内容、事故後にできなくなった家事を記録しておく。通院日と仕事を休んだ日をカレンダーに記録しておくと、休業日数の説明に役立つ。
①休業の事実と収入の資料をそろえる → ②相手の保険会社に休業損害証明書などを提出する。治療中に内払を受けられることもあるが、必ず受けられるわけではなく、額が争われることもある。内払が打ち切られても、請求する権利がなくなるわけではない → ③すでに生じた休業損害は、症状固定の前でも請求できる。治癒または症状固定の後、ほかの損害とまとめて最終的な額を計算し、示談または訴訟で請求する。自賠責保険へは、被害者請求で直接請求できる。
生活費に困っているときは、症状固定を待たず、自賠責への請求、要件を満たす場合の仮渡金(自賠法17条1項)、労災保険の給付なども含めて相談する。
①他の給付との調整。労災保険の休業補償給付・休業給付は、同じ休業損害を二重に補わないよう差し引かれる。一方、休業特別支給金は差し引かれないと説明されている。休業補償給付を、慰謝料など性質の違う損害から差し引くことはできないとされる。健康保険の傷病手当金なども含め、受け取った給付は名称と支給明細を一覧にしておく。被害者にも過失がある場合は、過失相殺と給付の差引きの順序によって額が変わることがあるので、計算の順序も確かめる。
②自賠責保険の上限。自賠責保険の傷害による損害の保険金額は被害者1人120万円で(自賠法施行令2条1項3号イ)、治療費・休業損害・慰謝料などを合わせてこの範囲で支払われる。自賠責の休業損害は、国が定めた支払基準(自賠法16条の3)で算定される。ただし、この支払基準は、自賠責保険会社に支払を求める訴訟で裁判所を拘束するものではない(最高裁平成18年3月30日判決)。後遺障害・死亡による損害には、傷害とは別の上限がある(同条1項1号・2号・3号ロ〜ヘ)。120万円は加害者の賠償責任の上限ではなく、超える分は加害者本人に請求し、任意保険があれば契約の範囲で保険会社が対応する。自賠責は物損を対象としない。
③保険会社の計算と裁判の計算は違うことがある。1日あたりの額を出すときに暦日で割るか実際の稼働日で割るかなどで、額が変わる。割る日数と、掛ける休業日数は、同じ考え方でそろえる必要がある。
議論のある点 次の点は、資料と事情によって判断が分かれる。一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
①1日あたりの額の出し方。事故前3か月の収入を90日で割るか、実際の稼働日数で割るかは、休業が連続しているか飛び飛びかなどによって結論が分かれる。
②申告と実際の収入が違う自営業者。確定申告より多い実際の収入を認めてもらうには、厳格な立証が求められる。
③家事従事者の基礎収入。男性の家事従事者や高齢者の場合にどの平均賃金を使うか、兼業の場合の調整、家事に支障があった割合の評価は、事案ごとに異なる。
④どこまで休む必要があったか。けがの内容に比べて休業が長いと、相当な期間はどこまでかが争われる。
・保険会社から休業損害の内払を打ち切られた、または内払が始まらず生活に困っている
・内払と引き換えに、最終的な示談書への署名を求められた
・自営業で、確定申告の所得と実際の収入が違う
・会社役員で、報酬のうち労務の対価の部分が問題になっている
・主婦(主夫)で、家事ができなかった分を請求したい
・無職・学生だが、就職が決まっていた
・休業が長引き、退職や降格・減給につながった
・労災保険や傷病手当金も受け取っていて、計算が複雑
休業が長引きそうなとき、内払の打切りを告げられたときが相談の目安。次の期間に注意する。
・加害者への損害賠償請求(不法行為に基づく請求):被害者(またはその法定代理人)が損害と加害者を知った時から3年(人の生命・身体を害した場合は5年)、不法行為の時から20年を経過すると時効で消滅しうる(民法724条・724条の2)。物の損害(車の修理費など)は3年。けがの損害(休業損害を含む)は、通常、事故の時から時効が進みうるので、治療中だからといって進まないわけではない。後遺障害の損害は、遅くとも症状固定の診断を受けた時から進むとした判例がある(最高裁平成16年12月24日判決)。
・古い事故:2020年4月1日の時点で改正前の3年の時効が完成していた場合は5年の規定は適用されず、同日の時点で改正前の20年の期間が過ぎていた場合はなお改正前の規定による(平成29年法律第44号附則35条)。
・自賠責保険への被害者請求:被害者(またはその法定代理人)が損害と保有者を知った時から3年で時効にかかる(自賠法19条)。古い事故では、改正前の、より短い期間が問題になるほか、起算点についても改正前の規定と経過措置の確認が必要になる。
・交渉しているだけでは、当然には時効は止まらない:相手の債務の承認(民法152条)、協議を行う旨の書面での合意(同151条)、訴えの提起などの方法がある。保険会社の支払や内払が債務の承認に当たり、時効が更新されることもあるが、どの請求権に及ぶかは個別に確認する。催告(請求の通知)をすると、その時から6か月を経過するまで時効の完成が猶予されるが、その猶予中に再び催告しても猶予は延びない(同150条)。加害者への請求と自賠責への請求は、別々に期限を管理する。
休業損害は「1日あたりの基礎収入×休業日数」が基本で、給与所得者・自営業者・家事従事者で資料と算出方法が違う。有給休暇を使った日や家事ができなかった分も損害になりうるが、休んだ日がすべて当然に認められるわけではない。他の給付との調整や自賠責の上限もあり、時効は治療中でも進みうるので、資料を早めにそろえ、計算の根拠を確かめることが大切である。
出典
民法150条・151条・152条・709条・724条・724条の2/自動車損害賠償保障法16条の3・17条1項・19条、同法施行令2条1項3号イ/平成29年法律第44号附則35条(いずれも e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-18〜19)/最高裁平成16年12月24日判決(集民215号1109頁)/最高裁平成18年3月30日判決(民集60巻3号1242頁)