問題提起
保険会社から示された入通院慰謝料が、思っていたよりずっと低い。調べると、慰謝料には複数の「基準」があるらしい。交通事故の慰謝料の種類と、算定基準の違いを整理する。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
保険会社から示された入通院慰謝料が、思っていたよりずっと低い。調べると、慰謝料には複数の「基準」があるらしい。交通事故の慰謝料の種類と、算定基準の違いを整理する。
他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。民法710条(e-Gov法令検索で原文確認)
他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない。民法711条(e-Gov法令検索で原文確認)
慰謝料の種類
①入通院慰謝料(傷害慰謝料):入院・通院の期間を基本に、けがの程度などを考慮して算定する。
②後遺障害慰謝料:残った障害の内容・程度を踏まえ、実務上は後遺障害の等級ごとの額を目安に算定する(関連記事「後遺障害等級|認定を受けるまでの手続」)。自賠責の等級認定は重要な資料だが、加害者に請求するための法律上の必須条件ではなく、裁判所を拘束するものでもない。
③死亡慰謝料:亡くなった本人の慰謝料と、父母・配偶者・子など近親者自身の慰謝料(民法711条)がある。本人の慰謝料を請求する権利は相続人が引き継ぎ、近親者自身の慰謝料はそれとは別の権利である。相続人の範囲と、自分の慰謝料を請求できる近親者の範囲は一致しない。
3つの算定基準
①自賠責保険の支払基準:国土交通大臣と内閣総理大臣が定める支払基準(自賠法16条の3)。基本的な補償を目的とし、保険金額にも上限がある。上限は被害者1人ごとで、傷害による損害は120万円(治療費・休業損害・慰謝料などの合計)、死亡による損害は3,000万円(死亡慰謝料・逸失利益・葬儀費などの合計)など(自賠法施行令2条1項)。死亡に至るまでのけがの損害(治療費・傷害慰謝料など)には、死亡による損害とは別に120万円の上限がある(同項1号ロ)。後遺障害は等級ごとに別の上限がある。これらは慰謝料だけの上限ではなく、加害者の賠償責任の上限でもない。
②任意保険会社の基準:各保険会社が社内で定めている基準で、公表されていないことが多い。被害者を拘束するものではない。
③裁判で使われる基準:裁判所の判断例を基に弁護士会などがまとめた算定基準(いわゆる赤い本など)が、裁判や弁護士の交渉で目安として使われる。一般に3つのうち最も高い。法律ではなく目安だが、裁判実務に定着している。
実務の視点 保険会社の提示を受けたら、慰謝料がどの基準で、何日(何か月)を基に計算されたかを書面で確認する。通院の期間と実際の通院日数の両方が分かる資料(診療明細、通院の記録)を残しておく。死亡事故の算定資料の額には、近親者の分を含めた総額として示されているものがあるので、その場合は、すでに含まれている近親者の分をさらに足さないよう注意する。本人分と近親者分を別に示す基準もあるので、資料がどの範囲の額かを確かめる。
①治療・治癒または症状固定 → ②後遺障害が残れば、自賠責の等級認定の申請などを検討する。非該当や等級に不服があるときも相談する → ③保険会社からの提示(多くは自賠責か保険会社の基準による)→ ④交渉(弁護士が入ると裁判で使われる基準を基に交渉することが多い)→ ⑤示談、または紛争解決機関・訴訟。
①「慰謝料は通院日数で決まる」は半分だけ正しい。裁判で使われる基準では、通院の期間を基本にしつつ、通院が長期で不規則な場合などに実際の通院日数で修正することがある。自賠責の支払基準は計算方法が異なる。
②他覚的な所見のないむちうちなど。裁判で使われる基準では、他覚的な所見のないむちうちや軽い打撲などについて、通常のけがより低い額の表を使う扱いが一般的である。ただし、むちうちという病名だけで常に軽いけがと扱われるわけではなく、具体的な症状や治療の経過も考慮される。
③近親者の慰謝料。死亡事故では、民法711条の父母・配偶者・子が、自分自身の慰謝料を請求できる。被害者が亡くならなかった場合でも、重い後遺障害などにより、近親者が、被害者が亡くなった場合に比べられるほどの精神的苦痛を受けたときは、近親者自身の慰謝料が認められることがあると説明されている。
④過失による減額。加害者への請求では、慰謝料も損害の一部なので、被害者の過失があれば過失相殺で減らされることがある(民法722条2項)。一方、自賠責の支払基準では、通常の過失相殺とは異なり、原則として被害者の過失が7割以上の場合に限って一定の減額をする扱いとされている。ただし、相手側の保有者に損害賠償責任(自賠法3条)があることが前提で、相手側に責任がない場合にまで減額して支払われるわけではない。そのため、過失が大きい事故では、自賠責から支払われる額の方が多くなることもある。なお、自賠責の支払基準は、自賠法16条1項に基づいて自賠責保険会社に支払を求める訴訟で裁判所を拘束しない(最高裁平成18年3月30日判決)。保険金額の上限はこれとは別に適用される。
議論のある点 次の点は、事情によって判断が分かれる。一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
①増額の事情。飲酒運転、無免許運転、ひき逃げ、著しい速度違反など加害者の悪質な運転は、増額の事情として考慮されることがある。事故後の加害者の不誠実な態度がどこまで増額につながるかは、事案によって評価が分かれる。
②通院の頻度と期間。通院が少ない場合や、長期間にわたる場合に、期間と日数のどちらを重く見るかは事案ごとの判断になる。
③近親者の範囲。民法711条に挙がっていない兄弟姉妹などにも、挙がっている人と実質的に同じといえる関係があり、大きな精神的苦痛を受けた場合には、慰謝料が認められることがあると説明されている。仲のよい兄弟姉妹であることだけで当然に認められるわけではなく、範囲は事案による。
・保険会社の提示額が低いと感じる、計算の根拠が分からない
・示談書への署名や、提示額への同意を求められている
・後遺障害が残った、非該当になった、等級に納得できない、または家族が亡くなった
・治療が必要なのに、治療費の支払を打ち切ると言われた
・事故と症状の因果関係や、症状固定の時期を争われている
・加害者の運転が悪質だった
・通院期間が長い、または通院日数が少ないことを理由に減額された
・過失割合に争いがある
・加害者が無保険、または加害者・保険会社が分からない
・事故から時間がたち、時効が心配
・弁護士費用特約が使える
示談に同意する前(示談書への署名だけでなく、電話やメールでの同意の前)に相談する。示談は署名しなくても合意で成立することがある。次の期間に注意する。
・加害者への損害賠償請求(不法行為に基づく請求):被害者(またはその法定代理人)が損害と加害者を知った時から3年(人の生命・身体を害した場合は5年)、不法行為の時から20年を経過すると時効で消滅しうる(民法724条・724条の2)。物の損害(車の修理費など)は3年。けがの損害は、通常、事故の時から時効が進みうる。後遺障害の損害は、遅くとも症状固定の診断を受けた時から進むとした判例がある(最高裁平成16年12月24日判決)。等級認定の結果が出る時まで遅れるわけではない。
・古い事故:2020年4月1日の時点で改正前の3年の時効が完成していた場合は5年の規定は適用されず、同日の時点で改正前の20年の期間が過ぎていた場合はなお改正前の規定による(平成29年法律第44号附則35条)。
・自賠責保険への被害者請求:被害者(またはその法定代理人)が損害と保有者を知った時から3年で時効にかかる(自賠法19条)。古い事故では、改正前の、より短い期間が問題になるほか、起算点についても改正前の規定と経過措置の確認が必要になる。
・交渉しているだけでは、当然には時効は止まらない:相手の債務の承認(民法152条)、協議を行う旨の書面での合意(同151条)、訴えの提起などの方法がある。保険会社の支払や内払が債務の承認に当たり、時効が更新されることもあるが、どの請求権に及ぶかは個別に確認する。催告(請求の通知)をすると、その時から6か月を経過するまで時効の完成が猶予されるが、その猶予中に再び催告しても猶予は延びない(同150条)。加害者への請求と自賠責への請求は、別々に期限を管理する。
交通事故の慰謝料には、入通院・後遺障害・死亡の3種類があり、額の算定には自賠責・保険会社・裁判の3つの基準がある。保険会社の提示は裁判で使われる基準より低いことが多い。どの基準で、何を基に計算されたかを確かめ、時効にも注意して、同意の前に相談することが大切である。
出典
民法150条・151条・152条・709条・710条・711条・722条2項・724条・724条の2/自動車損害賠償保障法3条・16条1項・16条の3・19条、同法施行令2条1項/平成29年法律第44号附則35条(いずれも e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-18〜19)/最高裁平成16年12月24日判決(集民215号1109頁)/最高裁平成18年3月30日判決(民集60巻3号1242頁)