問題提起
営業の外回り中に車に追突された。あるいは、自転車で通勤している途中に車とぶつかった。相手方の保険会社が治療費を払うと言っているが、会社の労災保険も使えるのか、どちらを使えばよいのか。労災保険は、相手がいる交通事故でも使える制度で、使い方によって受け取れる額が変わることがある。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
営業の外回り中に車に追突された。あるいは、自転車で通勤している途中に車とぶつかった。相手方の保険会社が治療費を払うと言っているが、会社の労災保険も使えるのか、どちらを使えばよいのか。労災保険は、相手がいる交通事故でも使える制度で、使い方によって受け取れる額が変わることがある。
政府は、保険給付の原因である事故が第三者の行為によつて生じた場合において、保険給付をしたときは、その給付の価額の限度で、保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。
2 前項の場合において、保険給付を受けるべき者が当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で保険給付をしないことができる。労働者災害補償保険法12条の4(e-Gov法令検索で原文確認)
① 労災保険の対象となる人。 原則として、事業に使用される労働者である。個人事業主や会社の役員などは、労働者に当たるか、特別加入をしているかによって扱いが変わる。公務員には別の災害補償の制度がある。
② 業務災害。 労働者の業務上の負傷・疾病・障害・死亡をいう(労災保険法7条1項1号)。仕事で車を運転していた、仕事の用事で移動していた、などの場面の事故が当たりうるが、勤務時間中というだけで当然に当たるわけではない。
③ 通勤災害。 労働者の通勤による負傷などをいう(同項3号)。通勤とは、労働者が、就業に関し、住居と就業の場所との間の往復などを、合理的な経路及び方法により行うことで、業務の性質を有するものを除く(同条2項)。労働者が途中で経路を外れたり(逸脱)、通勤と関係のない行為をしたり(中断)すると、その間とその後は原則として通勤に当たらない。経路の近くでの短時間の用便など、通勤に通常伴うささいな行為は、逸脱・中断に当たらないとされることがある。ただし、日用品の購入など、日常生活上必要な行為として厚生労働省令で定めるものを、やむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、外れたり中断したりしている間を除き、通勤と扱われる(同条3項)。
④ 第三者行為災害の届出。 保険給付の原因である事故が第三者の行為によって生じたときは、保険給付を受けるべき者は、その事実、第三者の氏名・住所、被害の状況を、遅滞なく所轄の労働基準監督署長に届け出なければならない(労災保険法施行規則22条)。相手が同じ会社の同僚の場合などは、届出の要否や扱いを労働基準監督署に確かめる。
⑤ 労災と賠償の調整。 同じ損害について労災と賠償の両方から二重に受け取ることはできず、労災保険法12条の4によって調整される(国による求償や給付をしない扱いには、運用上の対象期間がある)。調整されるのは、労災の給付と同じ性質の損害(休業の給付なら休業損害など)の部分で、慰謝料から差し引かれることはない。被害者にも過失がある場合は、原則として過失相殺をした後の損害額から給付が差し引かれる。自賠責保険と労災保険のどちらを先に請求するかは被害者が選べ、自賠責保険を先に使うよう案内する実務の扱いはあるが、労災を先に使うことが禁じられているわけではない。
⑥ 特別支給金。 最高裁は、労災保険の特別支給金は、被災労働者の損害額から控除することができないとした(最判平成8年2月23日・民集50巻2号249頁)。休業補償給付(給付基礎日額の60%)は休業損害から差し引かれるが、休業特別支給金(同20%)は差し引かれない。特別支給金にも、種類ごとに申請の期間が定められている。相手方から賠償を受けていても、特別支給金は支給の調整の対象にならないので、申請を忘れない。年金の給付は、将来受け取る予定の分まで当然に賠償から差し引かれるわけではない。
⑦ 健康保険との関係。 健康保険は業務災害以外の負傷などについて給付する制度で(健康保険法1条)、同じ負傷について労災保険で相当する給付を受けられるときは、健康保険の給付は行われない(同法55条1項)。
1. 被災した労働者は、会社に事故を報告し、仕事の内容や通勤の経路などの事実を確かめる。会社の同意は給付の要件ではなく、会社が労災保険の加入手続をしていなかった場合でも、原則として給付を受けられる。
2. 労災指定の病院で治療を受ける場合は、療養の給付の請求書を病院に出す(業務災害と通勤災害で書式が違う)。すでに健康保険で受診していたら、自分で返還などを進める前に、病院や加入している健康保険に切替えの方法を相談する。
3. 被災した労働者は、労働基準監督署長に第三者行為災害届を出す。交通事故証明書や、相手方の保険の情報、示談の状況などを添える。
4. 療養のため働くことができず賃金を受けない日が続いた場合は、休業の給付を請求する。最初の通算3日間(待期期間)は労災から支給されない。業務災害では、この3日間は事業主が労働基準法の休業補償をすることになっている。
5. 相手方への損害賠償は、労災から受けた給付との調整を確かめながら、示談や訴訟で請求する。
実務の視点 相手方と示談をするときは、労働基準監督署にも事前に伝え、示談書の写しを出すことになる。示談で損害賠償の請求権を放棄すると、示談の内容や事情によっては、その後の労災の給付が受けられなくなることがあるので、示談の前に、労災の給付の見込みとの関係を確かめる。
① 会社が嫌がっても労災は使える。 労災保険の請求は被災した労働者(死亡の場合は遺族)がするもので、会社の同意が要件ではない。会社が手続に協力しない場合も、労働基準監督署に相談できる。
② 自分に過失があっても、通常は労災の給付は減らない。 労災保険の給付には、民事の損害賠償のような過失相殺はない。自分の過失が大きい事故では、労災を使うことが特に有利になることがある。ただし、労働者が故意に事故を生じさせた場合は給付が行われず(労災保険法12条の2の2第1項)、故意の犯罪行為や重大な過失によって事故を生じさせた場合などは、国は給付の全部または一部を行わないことができる(同条2項)。民事の過失割合が大きいことと、ここでいう重大な過失とは同じではない。
③ 通勤災害でも健康保険は原則として使えない。 健康保険法1条が除いているのは業務災害だが、通勤災害でも労災保険で相当する給付を受けられるときは、同法55条1項により健康保険の給付は行われない。労災保険の対象外の働き方の場合などは別に確かめる。
④ 労災の給付は慰謝料をカバーしない。 労災保険には慰謝料に当たる給付がないので、慰謝料は相手方に請求する。
⑤ 労災の給付にも時効がある。 療養の費用や休業の給付を受ける権利は、これらを行使することができる時から2年、障害や遺族の給付を受ける権利は5年で時効にかかる(労災保険法42条1項)。いつから数えるかは給付の種類によって違い、事故の日から一律に数えるものではない(労災指定病院で治療そのものを受ける場合や、請求によらずに決定される年金など、扱いが違うものもある)。相手方への損害賠償の請求権の時効とは別に進む。
議論のある点 業務中や通勤中に当たるか(寄り道や私用の途中、出張中の行動など)、労災と賠償のどちらを先に使うのが有利か、示談と労災の給付の関係、労災の給付をどの損害から差し引くかは、事案によって判断が分かれる。一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
・業務中・通勤中の事故に当たるか分からない
・会社が労災の手続に協力してくれない、会社が労災保険に入っていなかった
・自分にも大きな過失があると言われている
・相手方が任意保険に入っていない
・労災の不支給の決定を受けた
・相手方と示談をする前に、労災との関係を確かめたい
具体的な事案は、法律事務所、弁護士会の法律相談センターや法テラス等にご相談ください。
事故の直後、治療を始める段階で労災を使うかを決めるのがよい。労災の不支給の決定を受けた場合は、不服申立てに期間があるので、すぐに相談する。遅くとも、相手方と示談をする前に相談する。
通勤中や仕事中の交通事故では、労災保険の給付を受けられる場合がある。相手がいる事故では第三者行為災害の届出が必要で、労災と賠償は二重にならないよう同じ性質の損害の範囲で調整されるが、特別支給金は賠償から差し引かれない。健康保険は原則として使えない。示談の前に、労災との関係を弁護士に相談するとよい。
出典
労働者災害補償保険法7条・12条の2の2・12条の4・14条1項・22条の2・42条1項/同法施行規則22条/健康保険法1条・55条1項(いずれも e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-19。労災保険法の令和8年法律第60号による未施行の改正は、7条・12条の2の2・12条の4・14条・22条の2・42条の文言を変えないことを確認)/最判平成8年2月23日(平成6年(オ)第992号)民集50巻2号249頁