問題提起
加害者が任意保険に入っておらず、治療費も払ってくれない。あるいは、任意保険会社との話し合いが進まず、治療費や生活費の立替えが重くなってきた。こうしたとき、被害者は加害車両の自賠責保険に直接請求できる。自賠責保険は、人身事故の被害者に最低限の補償を確保するための強制保険で、被害者が自分で請求する手段が法律で用意されている。
弁護士に相談する前に知っておきたい法律の要点を、分野ごとにスレッド形式でまとめています。
加害者が任意保険に入っておらず、治療費も払ってくれない。あるいは、任意保険会社との話し合いが進まず、治療費や生活費の立替えが重くなってきた。こうしたとき、被害者は加害車両の自賠責保険に直接請求できる。自賠責保険は、人身事故の被害者に最低限の補償を確保するための強制保険で、被害者が自分で請求する手段が法律で用意されている。
第三条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生したときは、被害者は、政令で定めるところにより、保険会社に対し、保険金額の限度において、損害賠償額の支払をなすべきことを請求することができる。自賠法16条1項(e-Gov法令検索で原文確認)
第十六条第一項及び第十七条第一項の規定による請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び保有者を知つた時から三年を経過したときは、時効によつて消滅する。自賠法19条(e-Gov法令検索で原文確認)
① 人身の損害であること。 自賠責保険が対象にするのは、自動車の運行によって人の生命・身体が害された場合の損害で(自賠法3条)、車の修理代などの物損は対象外である。
② 自賠法3条の賠償責任が生じていること。 自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によって「他人」の生命・身体を害したときは、一定の免責事由を証明しない限り賠償責任を負う(自賠法3条)。実際に運転していた人だけでなく、車の所有者や使用者が責任を負うこともある。自分が運転していた車の自賠責から自分自身のけがが補償されるわけではなく、同乗者など車との関係によっては対象にならない場合もある。「保有者」は、自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有する者で、自己のために自動車を運行の用に供するものをいう(自賠法2条3項)。
③ 請求先。 加害車両が加入している自賠責保険(共済)の保険会社(組合)。交通事故証明書に記載がある。交通事故証明書に記載がないなど保険会社が分からない場合は、まず契約先を調べる方法を保険会社や弁護士に確かめる。保険会社が分からないだけで国の政府保障事業の対象になるわけではない。保有者が分からないひき逃げや、自賠責に入っていない車による事故など、法律の要件に当たる場合に政府保障事業(自賠法72条)を検討する。
④ 書面で請求する。 請求者・加害者・被害者の氏名と住所、事故の日時と場所などを記載した書面に、診断書などを添えて請求する(自賠法施行令3条)。
区分|限度額(被害者1人あたり)
傷害による損害|120万円
後遺障害による損害|等級に応じた額(別表に定める)
死亡による損害|3,000万円(死亡に至るまでの傷害は別に120万円)
(自賠法施行令2条1項)
死亡の場合や、政令で定める程度のけがの場合は、損害賠償額が決まる前でも、当座の費用として仮渡金を請求できる(自賠法17条1項)。金額は、死亡290万円、けがの内容に応じて40万円・20万円・5万円の定額で(自賠法施行令5条)、すべてのけがが対象になるわけではない。仮渡金が後で決まる損害賠償額を超えた場合は、超えた分を返さなければならず(自賠法17条3項)、保有者に責任が生じなかった場合は返還を求められることもある(自賠法76条3項)。後遺障害による損害の限度額も、傷害による損害の限度額とは別枠である。
1. 交通事故証明書を取り寄せ、加害車両の自賠責保険の会社を確かめる。
2. その保険会社に連絡し、請求書類一式を取り寄せる。
3. 請求書、交通事故証明書、事故発生状況報告書、診断書、診療報酬明細書、休業損害の資料などをそろえて提出する(後遺障害があれば後遺障害診断書)。
4. 損害の調査を経て、支払額が決まり、支払われる。保険会社は、事故と損害額の確認に必要な期間が経過するまでは、遅れの責任を負わない(自賠法16条の9第1項)。調査中であれば無期限に待たされてよいわけではないので、長引くときは不足資料や見通しの説明を求める。
5. 結果に不服があれば、保険会社への異議申立てや、指定紛争処理機関(自賠法23条の5)への紛争処理の申請を検討する。
実務の視点 治療が続いている間も、すでに立て替えた治療費や休業損害について請求できる場合がある。書類は写しを手元に残し、提出日を記録しておく。任意保険会社が自賠責分も含めてまとめて支払う扱い(一括対応)をしている場合は、二重に請求しないよう、どこまで支払われたかを確かめてから請求する。
① 加害者から払ってもらえなくても請求できる。 加害者から先に賠償を受けていなくても請求できる。ただし、同じ損害についてすでに賠償を受けた分を重ねて受け取ることはできない。一部の支払を受けている場合は、その内容と金額を確かめる。
② 支払額には上限がある。 損害が限度額を超える部分は、原則として賠償責任を負う者への請求になる。任意保険がある場合は、その保険会社が対応することが多いが、被害者から任意保険会社へ直接請求できるかは、保険の約款の要件による。また、自賠責保険の支払基準は保険会社の支払の基準で、裁判所が損害賠償額を判断するときはこれに拘束されないと解されている。
③ 被害者の過失が大きいと減額されることがある。 自賠責保険の支払基準では、被害者に重大な過失がある場合に限って、定められた割合で減額される。通常の損害賠償で行う過失相殺とは仕組みが違う。加害車両側に自賠法3条の責任がない場合は、支払を受けられない。
④ 時効は加害者への請求と別。 自賠責への請求権は、損害及び保有者を知った時から3年(自賠法19条)。加害者本人への損害賠償請求権の時効(人身損害は原則として損害及び加害者を知った時から5年、不法行為の時から20年=民法724条・724条の2)とは別に進む。加害者や任意保険会社と交渉していても、自賠責への請求権の時効が当然に止まるわけではない。なお、19条の「損害及び保有者を知つた時から」という文言は2020年4月1日の改正で加わったもので(それより前は「三年を経過したときは」)、古い事故では改正前の規定が適用される場合がある(e-Gov 法令API の時点指定で確認)。時効の期間そのものも過去の改正で延びているため、古い事故では改正前の、より短い期間が問題になることがある。
⑤ 時効の数え始め。 通常は、傷害は事故の時、後遺障害は症状が固定した時、死亡は死亡の時を基準に考え、期間の計算では初日を数えない(民法140条)と説明されている。治療中でも傷害部分の時効は進みうるし、後遺障害の等級の認定を待っていれば時効が進まないわけでもない。治療や交渉が長引くときは、保険会社に時効の更新の承認を求める手続があるかを確かめ、申請しただけで安心せず、承認の有無と承認日を確認する。
議論のある点 時効の数え始めや、任意保険会社が一括対応をしている間に自賠責の時効がどう扱われるかは、事案によって判断が分かれうる。また、後遺障害の等級の認定や、過失による減額の当否に不服がある場合に、異議申立て・紛争処理・訴訟のどれを選ぶかは、見込みや費用を比べて決める必要がある。一般論だけで判断せず、弁護士に相談してほしい。
・加害者が任意保険に入っていない、または対応しない
・治療費や生活費の立替えが重くなってきた
・後遺障害の等級の認定を受けたい、結果に納得できない
・自分にも過失があると言われ、減額されそう
・事故から時間がたち、時効が心配だ
・単独事故・自分が運転していた事故、同乗していた車との関係が複雑な事故
・相手の自賠責保険が分からない、相手が自賠責に入っていない、ひき逃げにあった
被害者請求は、治療中でも利用できる場合がある。事故から3年が近づく前に、請求の準備と時効の管理を始めてほしい。後遺障害の申請を考えている場合は、症状固定の前後で早めに相談するとよい。
人身事故の被害者は、加害者から賠償を受けていなくても、加害車両の自賠責保険会社に直接、損害賠償額を請求できる。支払には限度額があり、当座の費用として仮渡金もある。請求権は損害及び保有者を知った時から3年で時効にかかり、加害者本人への請求とは別に管理が必要である。
出典
自動車損害賠償保障法2条3項・3条・15条・16条・16条の3・16条の9・17条・19条・23条の5・72条・76条3項、2020年3月31日時点の同法19条(e-Gov 法令API 時点指定)/自動車損害賠償保障法施行令2条・3条・5条/民法140条・724条・724条の2(いずれも e-Gov 法令検索で原文確認・2026-10-19)